日本自動車会議所の豊田章男会長が「クルマをニッポンの文化に!」と唱え話題になったが、文化を考えるうえでのヒントはどこにあるのか? 世界でも有数の自動車博物館として知られるトヨタ博物館の榊原康裕館長に聞いてみた!
文:ベストカーWeb編集部/写真:西尾タクト
【画像ギャラリー】スバル360が890万円級のクルマだったってマジかよ!! トヨタ博物館に展示されている激レア車を一気見(8枚)画像ギャラリーエンジニア出身の榊原館長が考える「展示」のあり方
エンジニアとして初めてトヨタ博物館の館長になったという榊原康裕さん。まずは今年の1月に辞令を受けた時の印象を聞いてみた。
「特段トヨタ博物館と関わりがあったわけでもなく、クラシックカーに詳しいということもありませんでしたので、正直驚きましたが、クルマに囲まれて仕事ができるというのはなんだか楽しそうという楽観的な気持ちになりました。
ただ、少しプレッシャーはありますね。部下から『これを読んでおいてくださいね!』といろいろな本や資料を読んで勉強するように言われますし(笑)、海外のVIPがいらしたりもしますから。
ある国の駐日大使がいらっしゃって、しくじったら国際問題にならないか?とか。それは冗談ですが……お客様が気分よく博物館を後にしていただくよう、おひとりおひとりのことを考えるようになりました。
エンジニアからサービス業に異動になったのだから、戸惑いはあったはずだが、何だか面白そうと考えられるところが抜擢の理由かもしれない。またエンジニア出身だけに開発者の立場に立って展示車の性能や特徴を語ることを期待されているのかもしれない。その点については
「クルマには1台1台ストーリーがあります。開発者が何に悩み、どう解決したかも想像できることがあります。クルマの展示やイベントでそれをしっかりと伝えられるといいですね。またクルマ離れとよく言われますが、クルマの歴史やクルマの楽しさが充分に伝えられていないという反省があります。
もちろんクルマの価格が高くなったということもありますが。トヨタ博物館が所有するクルマは動態保存が基本です。年に数回行う走行披露で走る姿や音、そして匂いといったものを感じていただく機会を大切にしていきたいですね。」
『文化』というキーワードにたどり着くには、ストーリーとそれをイメージできる体験が必要なのかもしれない。
続いて榊原さんのエンジニア時代の想い出を聞いてみた。
「想い出に残っているのは バブルが崩壊してクルマが売れなくなり、バブルが崩壊した後のカローラです。当時からも欧州車をベンチマークして開発していましたが、エンジニアとして『ここは(予算をかけて)しっかりと造り込みたい』と思っていてもなかなか実行できなくて若かったこともありますが悔しい思いをしましたね」
当時のゴルフ3と8代目のカローラでは見た目も性能も大きな差があった。その一方で榊原さんはこう話す。
「当時のカローラにはセダンのほかにワゴンやハードトップ、欧州には3ドアハッチバックや5ドアリフトバックがあったりして、とにかくいろいろなカローラがあり、今思うとこれは面白いなと。1980年代後半からのバブルの頃はトヨタもほかのメーカーもめちゃめちゃ車種がありましたね。そんな国は日本しかなく日本車の面白さというか日本的な発想の面白さなのかもしれませんね。」
やはり視点が面白い。バブルで消滅した「残念なクルマたち」が、日本的で面白いという。確かに欧州車は質の高さを競い、米国車は豪華さを競ったなか、日本車は車種を増やし、横方向に伸ばしていったところがユニークだ。










コメント
コメントの使い方