トヨタレーシングからの参戦となった今年のル・マン。マイク・コンウェイ、小林可夢偉、ニック・デ・フリース組の7号車が見事優勝! 1年目から勝利をつかむことができたのは、昨年の悔しさをバネにエンジニアたちが発奮し、ハードワークした結果だった。
文:ベストカーWeb編集部/写真:トヨタ、ベストカーWeb編集部
【画像ギャラリー】トヨタレーシングの雄姿にシビれた!! 感動のル・マン24時間の裏で奮闘していたエンジニアやスタッフたち(4枚)画像ギャラリー豊田章男会長の「『BtoB』でやってみなさい」の言葉で迷いがなくなった
トヨタレーシングの活動の大きな柱が「For the Engineering Race」だ。エンジニアが勝利をつかむべくレースにひたむきに向き合い、技術を磨いていくという意味だ。優勝が期待された昨年は7号車が5位、8号車が15位と優勝したフェラーリに大きく離され、2017年以来となる表彰台を逃した。
7号車、8号車ともパフォーマンスが充分ではなく、特に8号車はタイヤが外れ3輪走行を強いられることになった。
立て直しを託されたのがパワートレーンカンパニーの上原隆史プレジデントだ。敗因はどこにあるのか? 優勝したフェラーリとの差は何なのか? 徹底的に分析し、エンジニアとしてできることをひとつひとつ丁寧にやり、クルマを仕上げていこうと決めた。上原氏は
「トップ(豊田章男会長)が『BtoBでやってみなさい!』とおっしゃったので、エンジニアに迷いがなくなりました。昨年まではGRからのエントリーだったので、どうしてもBtoCがちらついていました。会長は『BtoBで幸せの量産』を考えることが、エンジニアを鍛え、いいクルマづくりに必ずつながるとのお考えでした」
トヨタレーシングのエンジニアにとってGRは人気スポーツモデルを開発できるとあって、うらやましい存在であることは確かだろう。
昨年4月からトヨタレーシングの前身であるTGR-E (TOYOTA GAZOO Racing Europe)の会長に就任した中嶋裕樹CTOは優秀なエンジニアを日本からケルンに引っ張りTGR-Eの風土改革を進めた。
さらに中嶋氏の意向を受け、上原氏はレースで先行開発を担当する技術者と量産車を担当する技術者をミックスした。それぞれが刺激を受け、新しい発見があったという。
昨年の屈辱から再スタート! クルマをもう一度徹底的に分析し直した
昨年の敗因はどこにあるのか徹底的に分析した。エンジンの出力についてはBoP(性能調整)でどうにもできないが、制御面を見直し、トラクションコントロールの改良や接地感の向上でドライバビリティをアップさせた。また、昨年虫がついたことで、空力が悪化する事態となったが、フロント部分は設計から見直した。また、脱輪対策としてハブを変更し信頼性を高めた。
「制御に関しては量産の担当がいいアイデアを持っていて、信頼性が上がりました」(上原氏)というから見立ては間違っていなかった。ハードワークを繰り返しながら、勝てるクルマに仕上げていった。
中嶋会長はオートサロンが終わるとケルンのトヨタレーシングに飛んだ。WECを戦うエンジニアたちを集めて「ル・マンは絶対に勝ちます! エンジニアとしての意地を見せてほしい! 結果はすべて俺が責任を取る!」とぶち上げた。この言葉にエンジニアたちは口々に「背中を押され、胸が熱くなった」と振り返る。
今回予選は14位と15位と振るわなかったチームはあくまでも決勝で優勝することが目標と動揺はなかった。それだけ、クルマが仕上がり、手応えがあったということだ。ル・マンで勝つことはとても難しく、複雑な要素を紐解いていかなければならないが、トヨタチームには昨年のような悲壮感はなかった。
しっかりとした準備をし、エンジニア、ドライバー、チームスタッフ、みんながハードワークをした結果の勝利だった。
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