自動運転が進めば、スポーツカーはつまらなくなってしまうのか? 自分で操る楽しさと、クルマに任せる便利さは両立できないようにも思える。だが、自動運転AIチャレンジに挑む学生の視点から見えてきたのは、これまでとは違う「人とクルマの関係」だった。自動運転によるカートレースにも携わる日産栃木自動車大学校の学生が、未来のスポーツカーに必要なものとは何なのかを語ってくれた!
文:出川貴久(日産栃木自動車大学校)/写真:出川貴久、日産自動車大学校、ベストカーWeb編集部
【画像ギャラリー】自動運転が進んだらスポーツカーはつまらなくなるはホント!? イマの学生が語るAI時代の「操る楽しさ」!!(8枚)画像ギャラリーモビリティの未来を若者たちで語り合ってみた
僕はスポーツカーも、自分で運転することも好きです。だからこそ、自動運転が進んだ未来に、スポーツカーの楽しさは残るのか、スポーツカーはつまらなくなってしまうのではないか? ということに疑問を持っています。
前回の記事では、日産栃木自動車大学校の学生チームとして、自動運転AIチャレンジに取り組んでいることを紹介しました。僕たちが使うのは、TOM’S(トムス)の電動レーシングカートです。設定やプログラムを変え、走りを確認しながら、自動運転車両を速く、安定して走らせることに挑んでいます。
2026年10月15日に登壇させていただいた「東京モビリティ会議2026 with ベストカー」では、未来のクルマについて話すなかで、「対話するスポーツカー」という考えを口にしました。今回は、なぜそう考えたのかを、僕自身の運転体験とAIチャレンジの経験から書いてみます。よろしくお願いします。
僕が好きなのは、クルマが返してくる反応
僕がスポーツカーに惹かれるのは、速さだけではありません。ハンドルを切る、アクセルを踏む、ブレーキをかける。こちらの操作に対して、振動、音、加速、車体の姿勢として反応が返ってくるところが好きです。
ハンドルやペダルを通じてクルマに意思を伝え、返ってきた反応を受け取る。急にハンドルを切れば、クルマは落ち着かない動きで「急すぎる」と教えてくれます。丁寧に操作できたときは、クルマも素直に動いてくれます。声を使わなくても、クルマとはやり取りが成立しています。
レースでは、その反応を読み取ることがタイムにつながります。公道では、速さを競わなくても、気持ちよく曲がれたときや、思ったとおりに加速できたときの心地よさにつながります。
僕は友人と、ロードスターやスープラなど、さまざまなクルマを借りて走ることがありますが、同じ操作をしても、返ってくる反応はクルマごとに違います。その違いを感じることも、クルマに乗る楽しさの一つです。 だから、自動運転が進んだときに、このやり取りはなくなってしまうのだろうか、と考えました。自分で操作しない時間が増えたら、スポーツカーはつまらなくなるのでしょうか。
会議で話した「対話するスポーツカー」とは?
東京モビリティ会議で、未来のスポーツカーについて聞かれたとき、僕は「対話するスポーツカー」という考えを話しました。
スポーツカーの魅力は、サーキットでの速さだけではありません。日常の速度域でも、自分の操作に対してクルマが素直に反応し、「運転していて気持ちいい」と思えることが大切です。
今は、ハンドルやアクセル、ブレーキが、ドライバーの意思をクルマへ伝える主な手段です。でも将来、音声認識や視線の検知がさらに進めば、声や目線でも意思を伝えられるかもしれません。
たとえば、「渋滞区間は任せたい」「この道は自分で運転したい」と伝える。あるいは、自動運転中に「もう少し穏やかに走ってほしい」と声をかける。クルマが意図を受け取り、すぐに反応を返してくれるなら、ハンドルを握っていない時間にも、クルマとの関係は残ります。
ここでいう「対話」は、音声で会話することだけではなく人の操作や視線、気分をクルマが受け取り、クルマの動きを人が感じる。その往復が対話です。
このやり取りが残るなら、スポーツカーでも運転の一部を任せていい。僕はそう考えました。
自動運転とスポーツカーは、本当に対立する?
新しい技術が登場すると、それまでの常識や制度との調整が必要になります。19世紀の英国では、道路を走る動力付き車両に速度制限を設け、前方を人が歩いて周囲に警告することを求めた、いわゆる「赤旗法」がありました。
当時の道路環境や安全への不安を考えれば、規制には理由があります。一方で、新しい乗り物が、馬車の時代の物差しで扱われていた例でもあります。
今の自動運転も、「人が直接ハンドルを握らなければ運転ではない」「自動で走ればスポーツカーではない」と、これまでの物差しだけで考えると、新しい楽しさを見落とすかもしれません。
もちろん、自動運転が進んだからといって、自分で運転する楽しさが不要になるわけではありません。むしろ選択肢が増えることで、スポーツカーの楽しさを広げられる可能性があります。
自分で走りたい場所では、自分で操作する。疲れているときや渋滞では、クルマに任せる。さらに、任せている時間にも、自分の意図がクルマへ伝わり、クルマから反応が返ってくる。 自動運転とスポーツカーは、どちらか一方を選ぶ関係ではなく、組み合わせ方を考える関係だと思います。












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