1974年12月、市販二輪車として世界初の4into1マフラーを採用した「ドリーム CB400 FOUR」が発売されました。
バイクファンには”ヨンフォア”の愛称で親しまれ、50年以上経った今でも多くの愛好家に大切にされている名車です。
ヨンフォアの誕生によって、いわゆる”集合マフラー” ”集合管”の本格的な歴史が始まったといっても過言ではないと思います。
それでは、ヨンフォアが誕生する前の集合マフラーから振り返ってみましょう。
1972年にヨシムラが手掛けたCB750 FOURレーサー
アメリカンホンダのディーラー「クラウス社」から依頼を受けて、ヨシムラレーシングが手掛けたCB750レーサーには、エンジンのチューニングに加えて、4into1の集合マフラーが装着されていました。当時としては、二輪車の常識を覆す排気システムに疑問を呈する人も多かったようですが、1972年のデイトナ200マイルで高いポテンシャルを発揮するとレースの世界は一変しました。
ロードレースの世界では、4into1が徐々に浸透していきますが、市販車の世界では静粛性や市街地での扱いやすさ、車体とのバランス、そしてスタイリングの観点などから実用化にはいくつものハードルがありました。
1974年、ドリームCB400 FOUR誕生
同年12月に発売されたドリームCB400 FOURには、斬新でありながら流麗で美しい集合マフラーが採用されました。
ヨンフォアは、同じ4気筒エンジンを搭載したドリームCB350 FOURのモデルチェンジ版として開発されました。排気系は、350の4本マフラーよりも軽くてコストも低減できそうな集合タイプの開発に挑みました。マフラー製造メーカーの三恵技研工業の協力もあり、見る人を惹きつけるまでのマフラーに仕上げることに成功したのです。
※カタログは個人所有のため、汚れや変色についてはご容赦ください。
第2弾は、CB750 FOURとCB550 FOUR
1975年6月、4into1マフラーの第2弾としてCB750 FOUR-ⅡとCB550 FOUR-Ⅱが発売されました。
CB750 FOUR-Ⅱの価格は、豪華装備などにより、併売していた4本マフラーのCB750 FOURに比べて、73,000円高くなりました。
CB550 FOUR-Ⅱは、CB400 FOURのスタイリングイメージを反映していましたが、ユーザーの支持を多く集めることはできませんでした。
発売4カ月後には、CB550 FOURをマイナーチェンジして発売するなど、当時は4本マフラーにこだわるユーザーの方が多かったようです。このモデルは、FOUR-Ⅱと併売され両モデルともにCB550 FOURシリーズ最後の車種になりました。
CB750 FOUR-Ⅱのその後
1975年発売モデルは、ユーザーの反響が芳しくなかったため、よりスポーティなモデルへのチェンジが図られました。
1977年4月、新たなCB750 FOUR-Ⅱが発表されました。
新型のCB750 FOUR-Ⅱと同時に4本マフラーのCB750 FOURもマイナーチェンジし発売されました。当時のCBファンには、4本マフラーを好む人が多かったのがうかがい知れます。
OHC4気筒エンジンのCB750 FOURシリーズは、この2車種が最後のモデルとなりました。
CB750 FOURは、1979年6月に発売となったCB750Fに発展しました。
エンジンはOHCからDOHCに刷新されました。
排気系は、集合タイプながら2本マフラーとなり、4into1は姿を消しました。
CBRで直4集合マフラーが復活
1983年12月、プロダクトブランド「CBR」初のモデルとしてCBR400Fが誕生しました。
高性能DOHC4バルブ直列4気筒の排気系は、4-2-1-2の集合システムで、マフラーは2本出しの仕様でした。
CBR400Fは、プロダクションレースなどで活躍。ホンダのレーシングテクノロジーを投入したスーパースポーツモデルとして人気を誇りました。
そして、1985年8月にモデルチェンジしたCBR400F、同エンデュランス、同フォーミュラ3が同時に発表されました。この3機種に採用されたのは、4into1の排気システムでした。
1974年12月発売のCB400 FOURから数えて、10年後に400ccクラスで集合マフラーが復活したのです。
以降、CBRシリーズには積極的に4into1の排気システムが採用されています。
CBはCB-1で復活
1989年3月、ネイキッドスタイルの先駆けとして、水冷DOHC4バルブ直列4気筒のCB-1が発売されました。排気系は、4into1システムです。
4into1システムは、その後CB400スーパーフォアやCB1000スーパーフォアなどに採用され、ロングセラーモデルとして多くのライダーに支持されました。
排気系は、人それぞれで好みが分かれますが、直4スーパースポーツ系の定番アイテムといえる集合マフラーは、ヨシムラジャパンさんの発想と挑戦をルーツとして、CB400 FOURによる市販車での成功が現在につながっていると思います。
番外編 2気筒集合マフラーのCJ
1976年4月、2気筒エンジンのCB250T、CB360Tをベースに、2into1システムを採用したCJ250T、CJ360Tが発売されました。
CJは、カフェレーサースタイルを取り入れ、樹脂製のフロントフェンダーやシート後方にはコンパートメントボックス(リアカウル)を装着しました。
軽量化のためにセルモーターを取り外しましたが、車両重量では250、360ともにCBよりも2kg重くなりました。
変速は、CBの6速から5速へと変更し、市街地での扱いやすさを重視。
価格は、CBよりも1万円以上高くなった結果、販売面では苦戦したようです。
当時の二輪業界を取り巻く環境は、暴走族などにより悪化する傾向にありました。
カフェレーサースタイルに欠かせないフラットハンドル(またはセミアップハンドル)やバックステップなどは、行政機関の認可が取得しにくい状況でした。
このような事情も反映して、CJ250T、CJ360Tは短命モデルとなりました。
CBシリーズは、タンクのストライプや後方に引き上げられたマフラー、メッキフェンダーなどが、CBの伝統を感じさせますし、安心感もあります。
1970年代のメーカー発信によるカフェレーサースタイルには、社会情勢などを考慮しながら難しい選択を迫られた形跡を見ることができます。(了)
詳細はこちらのリンクよりご覧ください。
https://news.webike.net/motorcycle/565614/
ホンダ直4集合管モデルの誕生と拡がり【カタログは時代を映すバックミラー 第18回】【画像ギャラリー】
https://news.webike.net/gallery3/565614/565689/











































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