■二宮神社
「二宮神社前」バス停は終点ということもあり、大きな転回場があるような場所かと思っていたのだが、通常の道路上に設置されたバス停で、全員が下車するとそのまま走り出してしまった。道路の先の二宮神社横にバスの駐車スペースがありそこへ向かったようだ。
筆者もバスの後を追うように神社のある方向へと歩き出した。神社はバス停から分かるほど近い所で数十メートルだ。交差点角に見える鳥居をくぐると神社の境内へと入っていく。
二宮神社は弘仁年間(810~823年)に嵯峨天皇の勅命にり創建されたと伝えられる。平安京に都が移され平安時代がスタートしたのが794年なので平安初期ということになり、実に千年以上の歴史がある。今回のバスは津田沼駅から乗車したが、二宮神社は船橋市に鎮座している。
古来より近隣二十三ヶ村の総鎮守として人々の信仰を集めてきたという。また「二宮神社」という名称がいつ頃から使われたかはっきりしないが、鎌倉時代の乾元2年(1303年)の紀年銘をもつ梵鐘(釣鐘)には「総州二宮社檀」と刻まれており、鎌倉時代には二宮神社という名で呼ばれていたことになる。
鳥居をくぐると、すぐ目の前には下りの階段が広がっている。その先は谷のようになっていてしばらく平らな部分をすぎると再び上りの階段を上がり本殿へと向かうようだ。参道としては変わった地形だが、谷には湧水、また小川も流れており、流れは近くにある習志野市津田沼の菊田神社境内の池へとつながっていると伝えられる。
ちなみに参道には「御手洗池(みたらしのいけ)」というのがあるが、古くから水の湧く水源地として伝わっていること、また二宮神社はかつて「寒川神社」という名前だったこと、そして「寒川」とか清らかな水の流れる場所を意味していることから、湧水への信仰から始まった神社ではないかとも言われている。
筆者が訪れた日は七夕が近かったので参道の上にはネットが張られ、七夕飾りが取り付けられていた。その様子はかつての小川の流れと七夕の天の川の流れを組み合わせたようにも思えた。
■江戸時代中期再建の社殿
階段を上がると再び鳥居があり、そこをくぐると目の前が拝殿だ。横には市指定文化財に指定されている大イチョウがある。樹高25mという船橋市内で一番高いイチョウだそうだ。日差しのある朝だったが、参拝客の姿は多かった。
早速筆者も参拝し御朱印をいただいた。社殿は安永年間(1772年~1781年・江戸時代中期)に再建されたもので、当時は茅葺だったそうだが本殿は大正11年(1922年)10月に、拝殿は大正14年(1925年)に現在の銅板葺に改められた。拝殿の唐破風は立派だが神社では珍しい。
社殿の構成は江戸時代に流行した権現造だが、床面の高さは同一になっており独自の工夫が加えられている。御祭神は建速須佐之男命(タケハヤスサノオ)、櫛稲田比売命(クシナダヒメ)、大国主命(オオクニヌシ)、藤原時平命である。
■嵐と梨ファンまでも!
御朱印の受付をしてしばらく待っていると、その後も参拝にやっている人を見ることができた。年齢層はいろいろであるが、共通したグッズを身に着けているように見えた。古くからこの地に鎮座する二宮神社だが、近年は傾向が変わってきたようだ。今年活動を終了したアイドルグループ「嵐」にこの二宮神社と同名のメンバーがいて、ライブツアーの当選祈願をするファンが殺到し「嵐神社」としてメディアやSNSでも話題になったことがあった。
現在でもファンが訪れるスポットになっているそうだ。また船橋市といえば、ゆるキャラブームの火付け役ともなった「ふなっしー」が有名で、オリジナル御守りがここで頒布されており、それを求めてふなっしーのファンが訪れる神社とも知られている。
また、たまたまだが筆者が訪れた7月4日は「梨の日」であり、船橋市の特産品である梨の妖精という「ふなっしー」のファンが限定御朱印を求めに来ていたようだった。御守りも含めここに来ないと手に入らなのでファンは参拝必須の神社だ。











