カローラといえばトヨタを代表するモデルのひとつ。そんなカローラよりもスポーティなイメージを持った姉妹車がスプリンターだ。一時期は若者から支持を受けたものの、カローラの陰の存在というイメージは拭えず……。そして、時代の移り変わりとともにその人気は衰退し、姿を消してしまった。今回は、そんなスプリンターの盛隆から衰退までの歴史を振り返ってみよう。
文/入江凱、写真/トヨタ、FavCars.com
【画像ギャラリー】兄を超えられなかった……悲劇の名車、スプリンターの歴史を辿る(16枚)画像ギャラリーカローラのスポーティバージョン、カローラ スプリンターの誕生
初代カローラが誕生したのは1966年。国民的大衆車として幅広い層に受け入れられ人気を博した。
カローラのヒットのおかげでクルマが庶民にとって手の届く存在になり、それとともに、ユーザーのニーズも多様化。それに応えるかのように1968年に登場したのが、ファストバックスタイルを採用したスポーティな姉妹車、カローラ スプリンターだ。
ベースとなるカローラよりも全高を35㎜低くし、グレード別設定にはなるものの木目調の3本スポークステアリングホイールやシフトノブが採用された”ホンモノ”志向の強いユーザーに向けたモデルだった。
グレードは標準となるスプリンター、デラックス、SLの3種類が用意され、トランスミッションは4速フロアシフト、コラムシフト、トヨグライドと呼ばれる2速半自動ATの3種類から選ぶことができた。
当時のライバル車であったサニーよりも100㏄多い1100㏄の排気量のエンジンや、日本製乗用車で初となるマクファーソンストラット式フロントサスペンションを採用した初代カローラのアイデンティティを活かしつつ、異なる個性を持ったクルマとしてカローラ スプリンターは注目を集めた。
また、発売に合わせて設立されたトヨタオート店という新たな販売チャンネルでの専売とするなど、カローラとの差別化が図られた。
カローラ スプリンターから「スプリンター」へ
1965年に名神高速道路が、1969年には東名高速道路が開通するなど、高速道路の整備も進み、ドライブが一大レジャーに。そういった社会事情を背景にして、高速安定性があり、かつファッショナブルなクーペタイプのスポーティなクルマの需要は増していった。
時代に後押しされるかたちで好調な販売を続けたカローラ スプリンターは1970年のフルモデルチェンジで2代目へ。それにともない、名称が「トヨタ スプリンター」へ変更された。
同時にカローラにもクーペモデルが設定され、スプリンターにもマイナーチェンジで4ドアセダンが追加されたことで、カローラとスプリンターはともに4ドアセダンと2ドアクーペモデルを持つことに。内外観に若干の違いはあったものの、エンジンラインナップもほぼ同じで、ユーザーにとっては違いがイマイチわからないといった状況になった。
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