【30周年を迎えたマツダの至宝】ロードスターはなぜこれほど愛されるクルマになったのか?

 1989年の初代登場以来、2019年で30周年を迎えたマツダの小型オープンスポーツカー「ロードスター」。これまでの累計生産台数は100万台を超え(2016年4月時点)、「2人乗り小型オープンスポーツカー」生産累計世界一のギネス世界記録を樹立するなど、日本だけでなく世界中で愛される名車となっている。

 2019年10月13日に行われた「ロードスター30周年ミーティング」には、国内では北海道から沖縄、さらにはフィリピン、タイ、イギリスをはじめ海外からもファンが訪れたという。

 今回は、そんなロードスターがなぜここまで長い間愛される名車となったのか? その物語を振り返ってみたい。

文/岡本幸一郎
写真/編集部、MAZDA

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■NAから始まった、ロードスターの物語

 2019年10月に、広島のマツダ三次試験場で開催された30周年記念ミーティングには、実に約2200台ものロードスターと3500人のファンが集まった。台風による混乱で、参加する予定だったのに行けなくなった人も少なくないなかで、これだけ集まったというのもロードスターならでは。海外から訪れたファンも大勢いたそうだ。

2200台3500人が集結した「ロードスター30周年ミーティング」。三次試験場の高速周回路と第一直線路を、全国から集まったロードスターが埋め尽くした

 さらに11月には、日本の自動車の歴史に優れた足跡を残した名車を選定し、永く伝承するための「日本自動車殿堂 歴史遺産車」に初代NAロードスターが選ばれたことが報じられた。

 これまでにもロードスターは、2人乗り小型オープンスポーツカーの生産累計世界一のギネス世界記録など、世界の国々で200を超える賞を受賞してきた。1989年の誕生から30年の間、いったいどれほど世界中で話題をふりまいてきたことか。こんなクルマなどほかに心当たりがない。

ユーノス店(現在は消滅)専売モデルで、「ユーノス ロードスター」の車名で登場した初代。とてもシンプルな内外装で、歴代唯一のリトラクタブルヘッドライトを採用していた

 そんなロードスターの誕生にいたるきっかけは、マツダが北米に設けていた研究開発拠点のスタッフが、当時絶滅状態にあったライトウェイトスポーツを提案したのがことのはじまりだ。のちに社内で正式に商品化を前提としての開発が認められ、約1年半という異例の短期間で発売にこぎつけた。

 試作車での走行試験中に、その姿を見かけた一般人から、ぜひ譲って欲しいと懇願されたという、のちのヒットを予感させる逸話もある。とはいえ開発関係者にとっても、こうした特殊なクルマが売れる確信があったわけではなく、いざ売るとなると不安でしょうがなかったという話も聞いたが、そんな心配をよそにロードスターは世界中で大いに売れた。

 NAロードスターのヒットを受けて、特徴的なことがいくつか起こった。まず、大手チューニングメーカーから小規模なショップまで、驚くほど多くがロードスターのドレスアップやチューニングを手がけ、異様なほどの盛り上がりを見せた。ロードスターを扱う特集本の広告もあっという間に満稿になった。まだ「カスタマイズ」という言葉が使われる前の時代の話だ。

 さらには、オーナー同士の仲間意識が極めて高いのも特徴で、全国各地でオーナーズクラブができ、ミーティングが盛んに行なわれた。そのミーティングの場に前出のアフターメーカーやショップまでもが参加するという、それまであまりなかった動きも早くから見受けられた。

 そんな状況が知られると、自分も仲間に入りたいという層が増え、ロードスターを買い求め、ミーティングに参加して情報交換が行なわれ、クルマが売れてドレスアップやチューニングもさらに活性化するという好循環が起こることとなった。

 それは日本だけではない。海外でも同様の動きが見られ、特にアメリカではもっとすごいことになり、より過激にチューニングやドレスアップを施したクルマが見られた。なかには小さなエンジンベイにV8エンジンを押し込んだり、派手にワイドボディ化したクルマもあったほどだ。

 NAロードスターが人気を博したのは、価格が手頃でデザインがよいという、ごく基本的な理由はもとより、たとえ不便でもコンパクトなサイズの2シーターオープンだからこそ実現できた、オープンエアドライブの楽しさ、特別感や非日常性が挙げられる。

 そしてもうひとつ、大きな要素として挙げられるのが、ドライビングの楽しさだ。このクラスはFFが当たり前だったなかで、ロードスターのためにFRの専用プラットフォームを用意したことが功を奏した。走りの開発におけるキーワードは「人馬一体」とされたとおり、すべて手の内で操ることのできる「ヒラリ感」と評される軽快なハンドリングも多くの共感を呼んだ。

「人馬一体」というキーワードを貫いているロードスター。ハンドルを握ってみると、その意味がよくわかる

 個人的にNAロードスターは、すべてが極めてシンプルな「素」の感じがよかったんだと思っている。プレーンなデザインは、そのままでも魅力的なだけでなく、いじる素材としても都合がよかったし、走りもいじったとおりそれがダイレクトに反映されるよさがあった。

 スポーツカーメーカーを自負するマツダは、かくしてライトウエイトオープンスポーツを復権させた。NAロードスターが世に与えた影響は大きく、欧州プレミアムブランドを中心に世界中の自動車メーカーが、2シーターオープンカーを送り出したのも周知のとおりだ。

■リトラクタブルライトを捨て上質さを求めたNB、上級移行したNC

 続くNBは1998年に登場したが、モデルチェンジを控えた頃、リトラクタブルヘッドライトを廃し、外観の雰囲気も変わる情報がささやかれはじめると、不評の声が噴出したことを思い出す。実際に発売されてからもNAを惜しむ声は小さくなく、中古車市場でも高値を維持したNAの最終型がNBを上回るなど逆転現象も早くから見られた。

初代のキープコンセプトとして登場した2代目。内外装は「正常進化」という言葉がぴったりの変化だが、ボディ剛性など中身は、初代から大きく進化していた

 ただし、ハードとしては着実に進化していた。初めて6速MTが設定され、エンジンも進化。ヒラリ感と評されたフットワークも、より上質に洗練された。ビニールからガラスになったリアスクリーンは、NAにもそのまま装着が可能だったことから換装が流行った。さらには、のちにクーペやターボを設定するなど新たな方向性の模索も見られた。それでも、最後までNBはNAの存在を超えることはできなかったように思えるのが正直なところではある。

 そして2005年に登場した3代目のNCは、ボディサイズが拡大し、エンジンは2Lが標準となり、当初はV6を積むのではというウワサまであったほどで、上級移行をうかがわせた。モノが進化していくなかでよくあることがロードスターにも起こったわけで、そこには90年代半ば頃から続々と登場した欧州勢のオープンカーの影響もあったものと思われるが、ロードスターとしての基本コンセプトだけは譲ることはなかったといえる。

サイズ、排気量ともに拡大した3代目。登場翌年には、RHTという電動メタルトップのモデルも追加された

■原点回帰で開発されたND登場で、ロードスターの物語はさらに続く

 そこで、ボディサイズを切り詰め、徹底して軽量化を図り、日本仕様のソフトトップ車にはあえて小排気量エンジンのみを設定するなど、「原点回帰」を念頭に置いて開発されたのが、2015年に登場した現行のNDだ。初代NAのあのテイストを好んだファンにとって、NDは待望のロードスターといえよう。また、2016年4月には累計生産台数が100万台を超えたことも報じられた。

「原点回帰」を謳って登場した現行型の4代目。内外装の質感が大幅に向上し、プレミアムスポーツといえる領域にある

 早いもので誕生から30年。ロードスターはずっと世界中で老若男女問わず愛され、国や文化、世代を超えた多くのユーザーから支持されつづけている。冒頭で述べた「日本自動車殿堂 歴史遺産車」に選定されたのも、

・4代にわたる、変わらぬコンセプト
・累計生産台数100万台を超え、世界記録を更新し続けている
・魅力的なスタイリング、クルマを操る楽しさを提供し、日本の技術水準の高さを世界に知らしめた

などが評価されてのことだ。

 今後もロードスターには根底に流れるコンセプトを変えることなく、ずっと存在しつづけてくれるよう心より願いたい。

30年間も愛され、親の世代から子の世代までの幅広いファンを持つクルマはめったにない

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