【トヨタが活躍! ラリージャパンも復活! でも…】スバルはWRCを捨てたのか!?


 2020年11月19~22日に開催されることが決まったWRCラリージャパン。WRCが日本で行われるのは実に10年ぶりとなる。

 そんなビッグイベントを盛り上げるニュースとして、2019年シーズンにトヨタが25年ぶりにドライバーズ&コ・ドライバータイトルを獲得。2017年のWRC復帰からラリーに力を入れ、2020年2月10日に発売されたトヨタ「新型ヤリス」にもそのノウハウを注ぎ込まれている。

 そんなトヨタとは対照的に、WRCチャンピオンの獲得経験のあるスバルは、米国の金融危機に端を発する世界的な経済混乱を理由に、2008年にWRCを撤退。それ以来、全日本ラリー選手権には参戦しているが、世界のトップカテゴリーのラリーからは遠ざかっている。

 スバルはなぜWRCから撤退したのか? WRCをもう捨てたのか? WRCジャーナリストの古賀敬介氏が斬りこむ。また2020年11月19~22日の日程で開催される、『ラリー・ジャパン2020』の盛り上がりはどうなりそうか? についても現状をお伝えする。

文/古賀敬介
写真/SUBARU、TOYOTA

【画像ギャラリー】ラリージャパン復活で、WRC復帰が望まれるスバルの歴史をプレイバック!


■かつてのWRCでの活躍がスバルのブランド力を高めていた

 初めてスバルのクルマを「カッコイイ」と思ったのは、1992年の夏だった。大学の夏休み中に貧乏旅行で訪れたフィンランドで、初めてWRCを観た。

 時代はグループA、ランチアvsトヨタの全盛期で、デルタHFインテグラーレと、ST185セリカGT-FOURの対決を楽しみしながらフィンランドの林道で息を潜めていた。そこに現れたのは、当時まだあまり有名ではなかった、コリン・マクレー駆るレガシィRS。

1992年の1000湖ラリー(フィンランド)で、スバル レガシィ RS WRCを駆り豪快な走りを見せるコリン・マクレー。

 カクカクとした体躯の初代レガシィは、ほとんどテールから姿を現し、ものすごいドリフトアングルでコーナーを駆け抜けていった。そして、その残像は「バルバルバル」という獣の唸り声のようなサウンドとともに、クルマの姿が見えなくなったあとも頭の中を駆け巡り続けた。その時、初めて思った。「スバル、カッコイイ」と。

 スバルの4WDが昔から優れていることは、クルマが好きだったからもちろん知っていた。でも、「いつか買いたい」なんて1ミリさえ思ったことはなかった。だって、何だかスタイルが洗練されていないし、デートになんて乗っていったら、搭乗拒否にあうかもしれない……といったら、今のスバリストから怒られるだろう。でも、間違いなくそういうイケていないブランドだった、当時のスバルは。

 でも、ランチアやトヨタとWRCで対等に渡りあい、抜群のハンドリングを誇り、唯一無二のサウンドを奏でる。そんなレガシィRSの雄姿を見て、一気にスバルは気になるメーカーになった。そして、1994年にRACラリー(現在のラリーGB)で、蒼きインプレッサ555がドリフトする姿を見て、すっかりスバルのファンになった。

 当時の自分にとってインプレッサWRXは高嶺の花だったけど、いつか買いたい、乗りたいと思う憧れのクルマになった。そしてスバルは、自分の中でヨーロッパの老舗に負けないくらい、魅力的なブランドになっていた。

■ビジネス優先のスバル そこにモータースポーツへの情熱は感じられない

 とても長い前置きになったけれど、自分と同じような道筋を経て、スバルを好きになった人は少なくないと思う。WRC活動がスバルのブランドバリューを高め、ヨーロッパでも熱狂的なファンを生み出した。そして、コリン・マクレー、リチャード・バーンズ、ペター・ソルベルグという3人のワールドチャンピオンを輩出し、メーカーとしても何度もマニュファクチャラー王者に輝いたことで、スバルはバリューを大幅に高めた。

 そのスバルは2008年にWRC参戦を終了したが、その原因は「勝てなくなった」からだと断言する。世界的な経済危機に巻き込まれたことは間違いないが、技術的な問題で数年も勝てないような状況が続いていなかったら、きっとスバルはWRCを止めなかったはずだ。結局のところ、スバルは費用対効果を感じられなくなり、負け逃げたのだ。

スバルがワークスとして最後の参戦となった、2008年のウェールズ・ラリー・グレートブリテン。ペター・ソルベルグを擁するスバルだったが、マシンの戦闘力がライバルに劣り、シトロエンのセバスチャン・ローブや、フォードのミッコ・ヒルボネン、ヤリ=マティ・ラトバラなどに追いつくことが難しくなっていた

 当時、すでにWRCを数年間取材していた自分は、メディア側の人間として本当に悔しく残念だった。もし、STIを創設した初代社長の久世隆一郎さんが生きていたら、一体どう思っただろうか?

 いってみれば、STIはスバルがWRCをやるために久世さんが立ち上げた会社だ。自身もラリーに出ていた久世さんの情熱は本当に素晴らしく、僕は心から尊敬していた。今でも覚えているのは、WRCオーストラリアの取材後、久世さんと観光ドライブに行った時のことだ。

 ステアリングを握っていたのは、元ラリードライバーの部下で、未舗装路で彼はレンタカーを何度もドリフトさせた。それを、後部座席の久世さんはニコニコしながら楽しんでいた。何ていう会社だ、本当にラリーを好きな人たちがやっている会社なんだな、STIは! と僕は久世さんの横で体を揺すられながら驚いた。

 久世さんはホンダの本田宗一郎さんのような存在で、パッションのカタマリだった。マーケティングやプロモーションのためにモータースポーツをやるのではなく、自分が参じたい、勝ちたいという熱いモチベーションに突き動かされていた。だからこそ、その強い思いがファンやユーザーにも伝わり、ホンダとスバルは日本メーカーの中で特別な存在だったのだ。また、モータースポーツに勝つための技術開発が市販車の進化にも直結し、レガシィRSやインプレッサWRXといった珠玉の名車が生まれた。

 では、今のスバルに当時と同じような憧れやリスペクトを感じるか? 少なくとも自分には感じられない。いいクルマを作っていることは間違いないが、独自性は以前よりも薄れた。自分がスバルに対して特別な気持ちを持っていたのは、レガシィでいうと4代目のBL/BPの時代まで。クルマに贅肉がつき、ボクサーサウンドが薄れていった頃から、あまり興味を持てないメーカーになっていった。改めて振り返れば、スバルがWRC活動を終了し、アメリカ市場への傾倒を強めた時期と重なる。

 純粋に中、短期的なビジネスだけを考えれば、WRCなど世界的なモータースポーツ活動を止め、アメリカ市場に注力したのは成功だったといえる。WRCのような泥臭いイメージを捨て、洗練された都会的なブランドにシフトしたことで、マニアックではない一般的なユーザーを取り込むことには成功した。

 しかし、その一方で、独特の魅力を失ってしまったような気がする。例えるならドイツのオペルや、フランスのルノーといった、いいクルマを作りながらもブランドイメージはあまり高くないようなメーカーになってしまったのではないか?

 WRCで活躍していた頃のスバルには、小さなメーカーなれどランチアやトヨタと正面からぶつかり、世界一になるという矜持が感じられた。では、現在は? と見れば、海外はニュルブルクリンク24時間でクラス優勝を争い、日本のスーパーGTではセカンドクラスのGT300でなかなか勝てない日々が続いている。

スーパーGT GT300クラスに参戦するスバル「BRZ」。健闘はしているが、FIA GT3勢が速さを増したことで、2019年シーズンは中盤戦以降上位に食い込むのも厳しい状況となっていた

 世界の強豪と戦って勝ち、世界一になったあの頃のチャレンジ精神溢れるスバルが好きだった僕からしてみれば、実に寂しい限りである。きっと、久世さんも雲の上でそう思っているだろうし、あの頃WRCに関わっていた多くのスバル関係者やファンもそう感じているのではないか?

 もちろん「今こそWRCに復帰せよ」という思いが、勝手で無責任であることは承知している。WRC活動=投資なくしてもスバルはビジネスで成功したし、新しいブランド価値を得ているのも確かだ。それでも、今後僕のような40〜50代の「かつての熱い」ファンがいなくなっていったとしても、スバルは現在の地位を保てるだろうか?

次ページは : ■生まれ変わったトヨタ スバルも新たな時代のファン獲得を目指すべき

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