ノイズではなく個性?
しかし、個人の趣味性を帯びたスポーツカーまで同じ視点から語る必要はない。問題は、「どのような音を創るのか」にあると言える。モーター自体は大きな音を発しないが、デファレンシャルやベアリングなど回転機構は固有の機械音を持つ。
それらはしばしばノイズとして扱われるが、設計思想次第では個性へと転換できる可能性を秘める。内燃機関の模倣ではなく、電動車固有の運動感覚と同期した新しい音響デザイン。それが提示されるなら、人工音は「演出」から「文化」へと役割を高められるかもしれない。
電動化の本質は、単に駆動方式を変えることではなく、走行体験そのものを再定義することでもある。音はまた、その再定義の対象であると言えるだろう。わざわざ音を出すのか。それとも、あえて静寂を選ぶのか。自動車メーカーが問われているのは、技術力ではなく、自動車の音に対する思想なのだと考えている。

コメント
コメントの使い方無個性になりがちなBEVには、後付けであろうと何かしらのfunがないと、あえて選択はされないのでしょう。
疑似音よりも昔のスバルみたいに、あらゆる設定を弄れて、オタク的でオモチャ的だけど遊べて楽しい、の方がいいと思います。
ヒュンダイとかは結構そういう遊びを取り入れてます。トヨタは疑似MTとかに注力なので、日産など他が差をつけるチャンス。