内輪の話で大変恐縮ではあるが、このたび、ベストカーの飯干俊作、梅木智晴、両名が定年を迎えた。ここでは、ベストカーと共に青春を過ごし、ベストカーと共に成長してきた二人の今までとこれからに、しばしお付き合いください。
※本稿は2026年1月のものです
文:飯干俊作、梅木智晴、ベストカー編集部/写真:ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2026年2月26日号
ベストカーと共に走り続けた男たち
この度、晴れて定年を迎えたふたり。長年にわたってベストカーの誌面づくりを支えてきたふたり。クルマと真摯に向き合い続け、時には時代を先取りし、時には編集部内をザワつかせてきたその編集人生を、あらためて振り返っていただく。
思い出深いクルマや、「これは本当によかった」「正直、あれはない」といった印象深い企画やロケ先での出来事を選出。面白企画の舞台裏や、当時のベストカー編集部の様子や時代背景など、今だからこそ語ることのできる本音トークを交えながら、誌面では語れなかった数々のエピソードを深掘りしていく。
【飯干編】思い出に残るベストなクルマ3台
最初は初代ホンダ NSX。V6、3L・VTECエンジンがとにかく凄かった。パワー、荒々しいけど澄んだフィールと音、私にとっての最高のエンジンで、登場から30年以上経った今も、これを超えるエンジンは経験していない。
次は日産 GT-R(R35)。登場直後のN1レースマシンのような荒々しさから、どんどん上質になった後半モデルまで、タイプは違えど底知れぬ実力は、まさに世界に誇る日本のスーパーカー。単純に、めちゃくちゃ速いことに圧倒されました。
最後は初代マツダ ロードスター。今思えばユルいボディでエンジンもたいしたことなかったが、本当に「人馬一体」の感覚を味わえた。クルマ全体が「たいしたことない」のがよかったんだと思う。今の技術でこういうクルマ作れないもんですかね。
【飯干編】思い出に残る時効話
某評論家の方の筑波サーキットテストでラップタイムを測りそこねたので、前の周のタイムとそんなに変わらんだろうと0.15秒ほど足して申告したら「走り方を大きく変えたのにタイムはほとんど同じか!」と驚いたことにこっちが驚いた。
走り方を変えるなんて思わないじゃん! あれ、本当のタイムはいくつだったんだろう?
【飯干編】思い出に残る出会い
藤岡弘、さん。途上国の山奥に潜む部族とのエピソードを静かに、3時間くらい聞かせてくれました。レクサス LSに乗ってもらって感想を聞く取材でしたが、「目力で相手の信頼を得る」「偽りの感情は相手に届かない」などの話しか覚えていません。
【飯干編】思い出に残る企画や出来事トップ3
●1987年の新型プレリュード(3代目)谷田部テスト
ベストカーでアルバイトを始めた直後に参加した、生まれて初めての谷田部テスト。そりゃもう、すべてが衝撃的でしたよ。
●2024年メディア対抗ロードスターレースでの優勝
それまで5位が最高位だったのに、世界一続いているワンメイクレースとしてギネスに認定された年に初優勝したので、ギネスの記録にも残っちゃった。編集部からは私と梅木が参戦。
勝因はプロ&プロ級ドライバーほか3人の活躍だけど、私たちがヘマしなかったのも確かに大きかったですね。
●徳大寺有恒さんとの初対面
当時徳さんは40代後半で、凄まじい貫禄&オーラでした。自分の年齢の頃と比べたら、殿様(徳さん)と小動物(私)くらいの差がありますわな。
【画像ギャラリー】これからも違う形でベストカーに携わります!! ベストカーと共にあった飯干俊作&梅木智晴の青春時代(19枚)画像ギャラリー


























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