【飯干編】ベストカー若手編集部員から飯干への質問
若手編集部員・森本:当時、飯干さんのファンクラブが存在したというのは、本当なのでしょうか?
飯干:そんな話は聞いたことないですね。万が一存在していたとしても、それは秘密結社のようなものだったのではないでしょうか。
【飯干編】現在の飯干から戦友・梅木にひと言
乗り物全般に詳しく、メカに強くて写真がうまくて雑学に強い。体重100kg目前から60kg台まで減量したのはたいしたもので、いよいよ私も増量期に入ってきたようなので見習いたい。
コンビ芸人みたいなもので、性格は違うし今となってはプライベートで遊ぶこともあまりないけど、仕事では思考や行動が似ていて、信頼できます。
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【梅木編】思い出に残るベストなクルマ3台
最初は初代ホンダ NSX。クルマも凄かったけど、先輩編集部員たちの盛り上がりが異常だった。普段広報車の借り出しに絶対行かないような先輩が、率先して借りに行ったり。私が行きますよと言っても「お前にゃ任せられない」とか言っちゃって。
次は初代トヨタ プリウス。取材する側もすべてが手探りで、なにもかも新鮮だった。定年を迎えた今、振り返れば「世界初の量販ハイブリッド車」誕生の場面に立ち会えたのは、この仕事を今後も継続していくうえでは大きな経験となったよね。
最後はマツダ AZ-1。正気か!? と思ったクルマ。だって、カートみたいにクルクル走るんだよ!? ガルウイングで、横転したらドア開かないから窓割って逃げるんだよ!?
他にも、「クロノス」とか「MS-8」とか、どーしたものかと思ったクルマは数知れず。
【梅木編】思い出に残るロケ先
雑誌で見ていた憧れの聖地、谷田部よ! 高速周回路のだだっ広いスケール感に圧倒された。バンクを先輩の運転で初体験した時の感動は今も鮮明。1990年代前半は月イチ、場合によっては毎号のように谷田部で計測していたからね。
朝4時集合、7時コース撤収。食堂でマズイ朝飯を食べて各車の細か撮りまで……。とにかく睡魔との闘いでした。
【梅木編】思い出に残るロケメシ
伊豆半島まで取材に行って、魚料理屋に入ったら「今日はイルカがあるよ!」。ちょっと複雑な思いはしつつも、せっかくだからと注文。基本的にはクジラ料理と変わらんかったです。マンボウも食べたな。なんか水っぽい食感だった。
【梅木編】思い出に残る企画や出来事トップ3
●当時夏の恒例企画だった「海・ビーチ取材」地獄か天国か?
若手編集部員が必ず行かされる修行のような取材。湘南のビーチに行って、水着女子たちに「好きなクルマはどれですか?」みたいなことを聞きまくる。
結局は水着の女子の写真を掲載するのが目的なので、誌面栄えのする女子を探して声をかけまくるという、地獄か天国かよくわからない取材だったねぇ。
●1990年代、富士スピードウェイでのF1マシンゼロヨン企画
目の前でF1マシンのエンジンが動き始め、ウォームアップする音と炸裂する振動は今でも鮮明に覚えている。
●レーシングドライバーの体力測定企画
当時はバリバリ尖っていた星野一義選手や長谷見正弘選手に「体力測定」として肺活量や背筋、握力なんかの計測をお願いする企画。あれは非常に楽しい取材でありました。
【画像ギャラリー】これからも違う形でベストカーに携わります!! ベストカーと共にあった飯干俊作&梅木智晴の青春時代(19枚)画像ギャラリー


























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