日産の長期計画発表以降、自動車界隈は新型スカイラインの話題で持ちきりだ。しかしどこかで「スカイラインは変わってしまった」という思いを持っている人もいるだろうし、なんだか腑に落ちない人もいるだろう。スカイラインはいったいどこで変わってしまったのか。そして道を誤ってしまったのか。新型に課された使命を紐解いていこう。
文:ベストカーWeb編集部/写真:ベストカーWeb編集部、日産
【画像ギャラリー】ベストカーが撮り溜めたスカイライン&GT-Rの貴重な蔵出し写真を公開! 誌面を彩った“伝説の軌跡”を凝視せよ(31枚)画像ギャラリー「外資系勤務のタワマンに住んでいる人」
スカイラインといえば日本を代表するGTサルーンであり、その歴史は2027年で70年を数える。かつてのGT-R伝説から始まり、スポーツイメージも強いクルマであったが本来のスカイラインが目指してきたモデル像というのは「万能性」にある。
ワインディングでは快適かつ走る喜びを感じさせ、家族旅行では人数分の荷物とお土産を満載して子どもと奥さまはスヤスヤ眠り、出張やゴルフなど高速道路をひとりで移動する時はハイペースで疲れ知らずのロングランをきめる。いつでもどこでも、どんなステージでも移動する喜びを感じるのがスカイラインなのだろう。
原理主義的なことを言い始めるとキリがないのだが、近年の日産ファンがスカイライン離れをした明確な事柄がある。代表的なものが2014年のV37スカイライン発表時。「どのような人物像がターゲットか」というメディアの質問に商品企画担当者は下記のような返答をしたと報じられた。
「40代前半の男性で、共働きの奥さまがいて、娘さんがおひとり。そして都心のタワーマンションに住んでいる外資系企業の管理職の方です(抄訳)」。
通常の新車発表会や記者会見において、自動車メーカーサイドはメディアからの想定問答をしっかり用意する。もちろん「外資系管理職」の受け答えもアドリブではなく用意された回答なのだが、これまでスカイラインを支えてきた層からすればいきなり遠いところにスカイラインが旅立っていってしまった感じだろう。
日本市場で、しかもスカイラインに対してあまりにも的外れな内容だし、そんなハイパーエリートのような人物に向けた車種であるわけがないことは日産社内でも理解していたはずだ。しかしそれがまかり通ったというのは、担当者自身の思惑というより、役員などの要求がかなり強かったと見るのが自然だろう。
さらに迷走は続いていく。V37は日本に導入する予定もない「インフィニティ」エンブレムを装着して「インフィニティ・スカイライン」などというあり得ないブランディングを敢行。「スカイラインは北米を見ている」という国内世論に完全に対抗したのだ。公式にスカイラインは日本を離れ、そして日産自動車を離れたように捉える人は多かった。
さらにさらに、2019年にはインフィニティエンブレムをやめて日産エンブレムに戻すという、もはや愚行とも思える動きをする。こんなに混沌とした迷走状態は、日産の歴史においてもなかなかないだろう。ましてやスカイラインで、だ。
なにより悲痛なのが、ステア・バイ・ワイヤやハイブリッド、そして400RなどV37スカイラインの開発現場で汗をかいてきたエンジニアたちだ。エンジニアが担当できる車種は生涯でも限られている。日産でスカイラインを担当できるというのは大きな「誉れ」であるのだ。しかし自分たちが担当した技術的にチャレンジングだったスカイラインがしょうもないマーケティングに潰されていく。
当時のエンジニアたちの忸怩たる思いを聞くたびに、メディアとしてもスカイラインの話題には熱が入ってしまうのをお許しいただきたい。


































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