日産GT-Rの「次期型開発中」という情報が入ってこない。
現行型であるR35GT-Rのデビューは2007年12月。登場時に日産が公言したように毎年すこしずつ進化を重ねてきたとはいえ、もう発売から12年半。
世界最高峰の実力を持つとはいえ、さすがにその設計思想に世界中のライバルは追いついてきており、ある種の「古さ」を隠しきれなくなってきた。
それは工業製品の宿命ではあるが、しかしだからこそモデルチェンジ、代替わりが重要なのであるが、しかし、通常では伝えられてしかるべき時期であるにも関わらず、次期型GT-Rの開発に関する情報はいっさい伝わってこない。
これはどういうことなのか? もしかして「GT-R」というブランドは役目を終えたのだろうか? だとしたら日産にとって、日本にとって、自動車界にとって、GT-Rとはどのような存在だったのか?
「次期GT-Rはどのような存在であるか」も含めて、考察してもらった。
文:御堀直嗣、写真:日産、ポルシェ、テスラ
動画:日産公式YouTubechannelより
GT-Rの歴史はここから始まった
クルマ好きの間で「R35」と親しまれるニッサンGT-Rが、2007年に誕生してから13年目に入った。
日産自動車にGT-Rが登場したのは、1969年のことだ。ハコスカスカイラインの時代である。初代は、4年で2代目へモデルチェンジした。
2代目は、ケンメリスカイラインとして親しまれたが、GT-Rの販売は1973年の1年のみであった。理由は、排出ガス規制への対応である。
1970年に米国でいわゆるマスキー法案が提出され、大幅な排出ガス浄化が求められた。ホンダが独創のCVCC(複合渦流調整燃焼方式)により世界で初めて基準を達成したのが73年である。
その時点で、トヨタにせよゼネラルモーターズ(GM)にせよ、もちろん日産自動車も、いかに排出ガス規制を達成するかに集中せざるをえなかったのである。
今日、100年に一度の変革期といわれるが、50年前の70年代も、クルマに大変革が求められ、ケンメリスカイラインのGT-Rはその影響を受けずにはいられなかったのであった。
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