ただクルマを試乗するのではなく、世界観を体験させるSLKの戦略

もうひとつ強く印象に残るのが、メルセデス・ベンツSLKの国際試乗会である。当時はマツダのユーノス ロードスターが世界的成功を収め、各メーカーが2シーターのコンパクトオープンスポーツ市場へ再参入し始めた時代だった。ポルシェ・ボクスターをはじめ、多くのライバルが登場するなかメルセデスも満を持してSLKを送り出した。
その発表の舞台はイタリア・フィレンツェだった。通常なら自動車が進入できない歴史地区を特別に貸し切り、色鮮やかなSLKが何十台も石畳の広場に並べられていた光景は、まるで映画のワンシーンのようだった。
そこからトスカーナ地方を巡るロングツーリングが始まり、美しい丘陵地帯を駆け抜けながら各地で最高級のもてなしを受ける。クルマだけではなく、そのライフスタイルまで体験させる。こうした演出が購買意欲を大きく刺激することは間違いなく、実際に参加したジャーナリストの中には試乗後すぐに購入を決めた人も少なくなかったと聞いている。
メーカーは単に性能を説明するのではない。このクルマを所有すれば、この世界が手に入ると実感させることがブランド戦略なのである。
今では絶対できない!? 過激な試乗会と商品力のリアル
もちろん国産メーカーにも印象深い試乗会はある。三菱自動車がヨーロッパ市場向けに開発した「カリスマ」の試乗会では、ドイツのロマンチック街道を巡り、古城やワインセラーを訪ねるルートが設定されていた。景色も料理も素晴らしかった。
しかし皮肉なことに、肝心のカリスマという商品には決定的な魅力を感じられなかった。試乗会がどれほど豪華でも、商品力そのものが伴わなければ衝動買いにはつながらない。逆に言えば、優れた試乗会とは優れた商品をさらに魅力的に見せる演出なのである。
ポルシェ 911カレラ4の試乗会も忘れられない。スペイン国内を1000km近く走破するプログラムだったが、まだナビゲーションが普及していない時代である。先導するポルシェのテストドライバーについて行くしかなかった。
ところが、そのペースが常識外れだった。アウトピスタでは200km/hを超え、一般道でもレーシングドライバーでもなければ簡単には追従できない速度で走り続ける。二人一組で一台をシェアしていたが、その激しい走行に恐怖を感じ「もう無理だ」と途中で運転を交代した参加者もいたほどである。
現在では到底実現できない内容だが、クルマの限界性能を理解するには非常に有効な試乗会だったことも事実である。
80年代は国産メーカーも負けていない!?
国内でも印象深い経験は多い。1983年、初代AE86 レビン/トレノの試乗会は、自身が編集部員として初めて参加した記念すべきイベントだった。箱根のワインディングでは盛んにドリフト撮影を試みたが、オープンデフにもかかわらず予想以上に安定性が高く、簡単にはスライドしない。
その素直な操縦性こそ、このクルマ最大の魅力だったことを改めて実感した。ホンダ 初代インテグラや北海道で行われた初代 CR-X試乗会でも、高速道路やワインディングを十分な速度域で走ることができ車両本来の性能を確認できた。
しかし時代は変わった。現在の試乗会は安全管理や交通法規遵守が最優先となり、公道では50〜60km/h程度で流れに合わせて走ることがほとんどである。もちろん安全第一であることは当然だ。しかし、その速度域だけでスポーツカーや高性能車の本質を語ることは難しい。
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