元日産のトップエンジニアにして現行型GT-Rの開発責任者を務めた水野和敏氏が、クルマの「足回り」について持論を語る。足回りといえばクルマ好きの多くが最もこだわるポイントのひとつ。
エンジン性能やボディ剛性と並び、そのクルマの個性を大きく左右する要点です。自動車ジャーナリストとはひと味違う側面からの「足回り」考察をお届けします。
文:水野和敏 写真:小宮岩男
■形式や名前だけに注目しても意味はない
これは以前、カムリを試乗した際にも指摘したのですが、サスペンション形式は「単語だけ」にとらわれても意味はありません。形式は手段、やり方であり「目的と組み合わせ要件」から最適な手段は選択するものです。
ダブルウィッシュボーンやマルチリンクサスペンションは高級で優れたサスペンションで、いっぽうマクファーソンストラットやリアサスの4リンクなどは簡易なサスペンションで性能的に劣る……
雑誌などの拾い読みで知ったサスペンション形式名称だけで「いい、悪い」というような会話や雑誌の記事も多く見ますし、時として分業化され、定型業務化された自動車会社のエンジニアのなかには「私はフロントサス担当でリアサスペンションやタイヤや車体は担当でないのでわかりません。
しかしフロントサスはウィシッュボーンなのでよい性能です」などということを平気で言う人もいます。
私は今まで、グループC、フォーミュラ、GTカーなど、いろいろなレースに携わり、ほとんどのカテゴリーチャンピオンを取りましたし、またスカイライン、フェアレディZ、GT-Rなど多くの市販車開発もしてきましたが、サスペンション形式名称から開発をスタートしたことはありません。
むしろサスペンション形式は最後に決定しています。
■要は「4つのタイヤをどう動かすか」
私が考える操縦安定性や乗り心地というのは「このクルマの性格からどんな乗り味を提供するか?」ということです。
例えば、少しクイックな反応にしてレスポンスを楽しむのか、あるいは4輪を常に均等に動かし安心感と安定性を作るのかといったことです。
次に「そのためには前後のバランスや動きはどんなモードにするのか?」を考えます。例として、フロントの動きは早く少なくし、後ろは少し遅れてしなやかに大きなストロークで追従させるなどといった具合です。
それを作り出すための方法として、「車両重量と慣性力の変化と配分、タイヤごとのストローク配分とタイヤの接地面剛性と変形特性、車体構造体の剛性と変化量」などを決め、「それを満たすために必要な」タイヤのストローク量と接地角度の補正量、そしてストロークと連動して動くトー変化量などの構想を決定し、それの実現方法としてサスペンジオメトリーとタイヤを取り付けるアクスルの各寸法を決めます。
最後にそれは何という名称の形式になるか? です。つまりサスペンション形式は最後に決まる方法であり、その前に4つの各タイヤをどう動かすか? などのシステムとしての構想が必要なのです。
つまり、最終的に仕上がった車両全体でバランスを突き詰めていく、ということです。
いつも言っていることですが、マルチリンクやダブルウィッシュボーンといったサスペンションで制御できるタイヤの接地面ジオメトリーは0.5〜0.8度程度のものなのです。
いくら高度なサスペンションを採用しても、土台となるボディやフロア剛性が不足してグニャグニャ捻れてしまえば、もっと大きな「想定外」のジオメトリー変化が発生してしまいます。
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