2020年11月末に徳島県で起きた踏み切りでの列車とボルボXC40の衝突事故を覚えておられるだろうか。特急電車との衝突とは思えないほど、クルマのダメージは少なく、乗員も軽傷だと聞いて驚いた人も多いことだろう。
事故の状況についていろいろ詮索する情報も見聞きしたが、誰もが気になっているのは、XC40はそれほど強靭なクルマなのか、ということではないだろうか。
ボルボといえば、スウェーデンの自動車メーカーで、昔から安全性を重視してきたことで知られる。例えば、今ではあらゆるクルマに備わる3点式シートベルトも実はボルボが発明し、1959年に世界で初めて実用化した装備として知られる。
そして、最近では日本で最初に完全停止する衝突被害軽減ブレーキを実用化(2008年)したのもボルボだった。
そんなボルボの安全性は今世界一なのか、モータージャーナリストの高根英幸氏が解説する。
文/高根英幸、写真/VOLVO、ベストカー編集部
【画像ギャラリー】古くから安全技術を磨いたボルボの歴史と最近の取り組みはどうか?
■ボルボはいち早くクルマの安全性を重視してきた
2020年11月末に起きたボルボXCの踏切事故だけでクルマの安全性を判断するのはそもそもナンセンスといえる。交通事故は1件1件状況が異なり、日本だけで毎日1000件近くの交通事故が発生し、クルマも損傷を受けているのだから。
ボルボ車にとっても、あの事故は毎日起こっている交通事故の中の1件に過ぎないのである。
ボルボはいち早くクルマの安全性を重視してきた自動車メーカーだ。本国スウェーデンでは1926年の創業以来、交通事故による乗員の安全確保を図ってきた。
そして1970年からは専門の研究チームを立ち上げて交通事故現場に駆け付け、事故の内容とクルマの損傷、それによって受けた乗員のダメージなどを調査し分析して、クルマの安全性向上に努めてきた。
ボルボの安全思想が構築された背景には、北欧という風土も多いに影響している。厳寒の地では冬季、路面が凍結していることが多い。路面が滑りやすいことから交通事故が起こりやすく、緊急回避のための急転舵や急減速も効かないことから、衝突時の車速が下がりにくく、重大な交通事故につながりやすい。
そして冬季に出先でクルマが壊れたり、走行不能になれば、死を意味することにもなりかねない。
極寒の地でもFRレイアウトを1990年代まで主力としていたのも、堅牢さと衝突安全性を優先した結果なのである。それは北米市場でも重要な選択理由となって、多くのユーザーに支持されてきた。日本同様、クルマは輸出による外貨獲得の手段としても、スウェーデン経済を支えてきたのである。
SIPS(サイド・インパクト・プロテクション・システム)と名付けられた、ABCピラーとルーフサイドのフレーム、ドアサッシュ、サイドシルといった構造材に高張力鋼板を使い、側方からの衝撃に対して強固に乗員を守るシステムは、その後の世界のクルマの開発に大きく影響を与えた画期的な構造だ。
サイドエアバッグやカーテンエアバッグが展開されて乗員を守るだけでなく、まず堅牢なボディでしっかりと室内空間を確保し、前後方向の衝撃はボディが吸収するように設計されている。そんな強固なボディ構造にした効果が、件の列車との衝突事故でも発揮されたのである。
さらに2020年では、新たな取り組みとして、スピード超過の危険性を訴えるために、2020年よりすべてのボルボ車の最高速度を180km/hに制限した。
これは、交通事故による死亡者または重傷者をゼロにするために、どうやってボルボが能動的に責任を持てるのかをドライバーの運転行動の改善を支援する形で示した取り組みだ。
■クルマの衝突安全基準はどうやって定められる?
現在販売されているクルマは、通称WP29と呼ばれる自動車基準調和世界フォーラムでの議論に基づいた保安基準や各国の法律で衝突安全基準が定められている。
衝突安全基準は、あくまでもクルマの安全性を一定以上に確保させるために日本では道路運送車両法の保安基準で、衝突実験の方法やダミー人形や車体の損傷レベルを定めているものだ。
自動車メーカーはこれに合致するようクルマを開発し、証明することで型式認定を取得できる。それによってクルマを1台1台検査することなく、新車として登録してナンバープレートを取得することができるのだ。
そうした自動車メーカーが社内で行なっている衝突実験とは別に、発売後のクルマの衝突実験を行ない、その結果を情報として公開しているNCAPという制度があることをご存じだろうか?
NCAP(New Car Assessment Program=新車評価制度)とは、もともとは消費者団体の意見が強い北米市場で1979年から始められた、クルマの安全性を評価する制度。
実際の衝突実験の内容を公表することで、自動車メーカーの謳い文句を鵜呑みにせずユーザーがクルマの安全性を判断するための材料としてもらうものだ。
そんな北米市場の活動を受けて1997年には欧州でユーロNCAPがスタートして、日本ではJNCAPの名で1995年から自動車事故対策センター「現在はNASVA(ナスバ)=独立行政法人自動車事故対策機構」が実施している。
これはあくまでも消費者がクルマの性能を参考にするための指針で、衝突安全基準に合致しているか検査するものではない(実質的に問題があればメーカーは対処しなければならなくなるのだが)が、公平性の高いデータであることから、自動車メーカー自身も評価基準として採用しているほどだ。
ではボルボはこのNCAPのテスト結果で世界一安全といえるのか? ボルボのユーロNCAPの情報を見ると、現在の評価方法に変わった2009年以降は全車5つ星の評価を受けており、乗員保護、チャイルドシート利用時の保護、歩行者保護、衝突被害軽減ブレーキなどといった各評価要素のレベルも高い。
したがってボルボ車の安全性には疑いの余地はない。けれども他社メーカーでも安全性には最大限の努力を費やしているのでは、という思いもあるのではないだろうか。
■NCAPの評価がクルマの安全性のすべてではない
ユーロNCAPのホームページ(リンク先)
前述のようにボルボは1970年代から交通事故調査の研究チームを立ち上げて、本格的に事故を検証することでクルマの安全性向上に繋げる努力を続けてきた。
先進国の自動車メーカーは、全車種で衝突安全性を重視しており、日本の自動車メーカーも安全性能に関してはレベルが高い。例えばマツダはJNCAP、ユーロNCAPで乗員保護などのパッシブ領域ではほぼ全ての車種で最高ランクの評価を獲得している。
しかしながら衝突安全基準をベースに考えているのか、絶対的な安全性を優先しているのかでは、出来上がったクルマは大分差が出ることになる。
前述の通り、ボルボは実際の交通事故4万件以上、7万人以上の死傷者を現地で調査し、その対策を考えて車体に盛り込んでいる。安全性を最優先に、デザインや先進性、環境性能などを盛り込んでクルマを開発しているのだ。
■ボルボは世界一安全なクルマの筆頭に挙げられるのは間違いない
それでも、世界の自動車メーカーの中でクルマの安全に関するレベルは格段に高まっており、それにはボルボが貢献していることがある。
素晴らしいのは、ボルボはこれまで研究してきた交通安全に対する知見を公開していることだ。つまり世界中の自動車メーカーや道路交通関係者は、ボルボの研究成果を利用して、安全性を高めることができるのだ。
ほかにもトヨタがコンピュータ・シミュレーション上で衝突実験を行う時に利用するバーチャル人体モデルを開発し販売することで、自社だけではなく世界中の自動車メーカーやサプライヤー、研究機関がより効率的に衝突実験を行える環境作りに利用している。
クルマの安全性は1社だけのものではなく自動車業界全体で技術やノウハウを共有しようという考えも広まってきている。
我々ドライバーがクルマを選ぶ時には、様々な性能やデザイン、価格などの要素から、優先順位を決めて、1台の愛車を選び抜いている。
自動車メーカーのクルマ作りもそれと同じで、スタイリングや燃費性能、快適性などの性能も重視しながら、衝突安全性などの安全性も確保している。ボルボの場合、乗員や歩行者の安全性を他メーカーよりも優先している、ということなのだ。
現在販売されているクルマはどれも快適装備は十分に充実し、燃費性能も軒並み向上して、ちょっとの燃費性能の違いは購入の決め手にはなりにくくなった。
であればスタイリングやインテリアなどの仕上げやデザインを重視するか、走行フィールなどの動的性能を評価するか、それでも燃費などの経済性やコストパフォーマンスで決めるかはユーザーが判断することだ。
安全性を重視するのは、自動車保険で価格よりも内容を重視して、割高でも手厚いケア、安心を選択するのに近い感覚だろう。
メルセデスベンツやアウディ、ランドローバーやスバルなどもユーロNCAPでは非常に高い評価を受けている(各メーカーの全車で衝突実験を行っている訳ではない)。安全性を最優先で考えるなら、ボルボ車が世界一安全なクルマの筆頭に挙げられることは間違いないだろう。
【関連記事】ボルボ 2022年「レベル4」自動運転開始!驚きの新技術とは? 国内の動向は??(リンク先)