■シルエットフォーミュラ、そのほかのマシンたち
日産 マーチ
初代マーチのCMキャラクター、近藤真彦のためのスーパーシルエットマシン。160psの1.5L搭載。
ポルシェ 935ターボ
グループ5を席巻したシルエットフォーミュラの代表車で、ベースはポルシェ930ターボ。
日産 ラングレー
女性ドライバーの「ラングレーエンジェルス」が駆った2代目モデルベースのマシンがこれ。
ランチア ベータモンテカルロ
ラリーからレースへ転じたランチアの名声を世界に轟かせた’82年の総合チャンピオンマシン
いすゞ ピアッツァ
ターボなどの過給器を持たないオリエントスピードのマシン。スタイリッシュさが魅力だった。
フォード カプリターボ
370psの1.4Lターボでポルシェ935に挑んだザクスピードのマシン。’81年総合チャンプ。
■あの時代を知る猛者たちの証言
長谷見 昌弘
あれは’80年頃だったと思うけど、日産はワークスでのレース活動をしていない時期だったんだよね。けど、柳田や星野が乗っているのを見て、興味は持っていたんだ。
そこで、柳田が乗っていたバイオレットのエンジンでレースに出たいと追浜に言ったんだよ。すると、日産社内でもレース好きの社員が多かったせいか、結局、日産のプロジェクトとして正式にスタートしたってワケ。
今でも富士でのレースでファンが総立ちになっていた光景は忘れられないね。でも、最初はあのスカイラインの色、好きじゃなくてね。ただ、実際に市販車があの色で販売されるとだんだん格好よく見えてきたのを覚えているよ。
星野 一義
何よりもクルマのパワーに圧倒されたね。シルエットフォーミュラという名前のごとく、スーパーシルエットだと思ったよ。
ボクはその頃、グラチャン、F2のほうに参戦していて忙しかったけれど、スーパーシルエットには大いに魅力を感じていた。
そんな思いから参戦し始めたんだけど、実際にシルビアターボに乗った印象はまったくバランスが取れてなくて、ボクのクルマだけフロントカウルが異常に重く、各コーナーでもヘビーアンダーステアで日産3車(スカイライン、シルビア、ブルーバード)のなかでシルビアが一番遅かった。速かったのは直線だけだったね。
柳田 春人
スーパーシルエットはとにかく乗りづらかった。ステアリングは重いし、ふつうのレースカーがリアに履くようなファットなタイヤをフロントにつけていたんだから。なのに車重は軽かったから、発進してすぐピットロードでスピンしたこともあったくらい。
ただ、直線は速かったから、迫力があってお客さんには受けたんじゃないかな。シルエットが終わったら、GCを見ないで帰る人もいたくらい。
一番の思い出は’83年、筑波での最終戦かな。トップのBMW M1(長坂尚樹)を2番手からスタートで抜いてそのまま抑えて勝ったレースで、3位の長谷見さんから褒められたんだよ。
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