■F1撤退の真相
F1低迷から脱出するために、伊東社長からバトンを引き継いだ八郷隆弘社長はF1のチーム体制を大幅に変更した。結果的に2チームに4台のマシンにエンジンが供給され、そのエースはレッドブルのステアリングを握るマックス・フェルスタッペン。
往年のセナを思い出させるほどのキレッキレの走りにホンダパワーは宿敵メルセデスを脅かした。2021年シーズンは、絶好調でシーズンの前半を消化し、最近は5連勝を成し遂げている。
しかし、2021年4月1日にホンダの社長が八郷さんから三部さんにバトンタッチされる前に八郷社長はF1参戦終了を表明した。一瞬、耳を疑ったが「休止ではなく参戦終了」だと広報は説明していた。
社長交代の過渡期だったので、ホンダ内部にクーデターが生じたのかと思ったが、当時、八郷社長と技術研究所の三部社長の間では、入念にこれからのF1の参戦について意思決定されていたのではないだろうかと私は睨んでいる。
ホンダの四輪事業の利益は1%にも満たないほど、事業は苦しい状況に置かれていた。経営的にはF1への投資を回避するという理由もあると思うが、最大の撤退理由は人的なリソースではないだろうか。栃木研究所に設置されたモータースポーツ開発ラボである「SAKURA」では、F1のバックヤードとして数百人規模の人的リソースが注がれている。
CASE時代に自動車メーカーはやるべきことが山積している。当面の課題は自動運転と電動化。前者はなんとか2020年11月に世界初レベル3の「トラフィック・ジャム・パイロット」をレジェンドに搭載し、技術研究所の面目を保ったが、最近になってレジェンドを生産する狭山工場を閉鎖する決定がなされた。つまり技術的には目的を達成したかもしれないが、事業としてはまだ道半ばだ。
F1撤退の真相は単純な理由ではなさそうだ。しかし、三部社長は、表向きはF1から距離を置くが、水面下では、しっかりと開発は続けるはずだ。過去を見てもやめ続けることはできないから。
今年になって発表された収益はトヨタがコロナ禍であっても8%という高収益を実現した。
一方、ホンダは二輪事業では収益が高いが、四輪事業は1%前後と明暗を分けている。「このままではいけない」と歴代の社長は考えていたが、巨大化した組織を変えるにはそう簡単ではない。
八郷社長は量産部門をもの作りセンターとして技研工業と技術研究所を一元化し、先進技術部門を量産部門と切り離した。また1990年代のホンダを救ったオデッセイも生産中止し、いよいよ四輪事業の抜本的な改革がスタートしたのである。
あるホンダの関係者は「パッチワーク的な改革では、この先、生きていけない」と危機感を漏らしていた。
■2040年、ホンダが販売するすべての新車をEV、FCVにするのは、可能なのか?
ホンダの新社長に就任した三部敏宏氏は4月23日の就任会見スピーチでは、電動化に積極的に取り組む意思を公表した。現場でスピーチを聞きながら、三部さんはホンダができることではなく、やるべきことをスピーチしていると感じた。
「2040年BEV・FCVにシフト」という衝撃的な考え方は、以前より「eMaaS」を打ち立てていたホンダの理念に準じている。直前のトヨタのカーボンニュートラルに対する考え方と異なっていたため、多くのメディアは狼狽したが、電動化シフトは正しい判断だと私は思っている。
しかし、このスピーチは波紋を広げた。電動化推進派は「よく言った」とホンダを褒め、ハイブリッド派は「ホンダは何を考えているのか」と批判した。
三部さんはもともとエンジン屋さんなので、内燃機関の基礎研究をやめるわけがないと思っているが、エンジンを極めること以上に、新しい電動駆動による新しい価値の創造が、今のホンダには必要なのかもしれない。「どうせ電動化をやるなら、誰よりも早く、誰よりも優れたBEVやFCV技術を磨きたい」というのが三部流儀ではないだろうか。
創業者が1970年代の有害排出ガスを低減するマスキー法をクリアしたCVCCエンジンでホンダの名声を築き、中小企業から世界のホンダに飛躍するきっかけとなった。21世紀の課題は温室効果ガスの一つの原因となる二酸化炭素を低減する(ゼロにする)ことがホンダのチャレンジの高みだとしたら、むしろホンダらしい。
ホンダとトヨタを理解するには、そのメーカーのビジネスの現場を知る必要があるだろう。トヨタ車はアフリカ奥地、シベリア大陸、中東から砂漠地帯まで、途上国の隅々で使われている。実際に電気も水素もない地域の生活を支えているのだ。そのような地域の生活の支えとなる安価で壊れなくて、修理しやすいクルマは地域社会にとって不可欠だ。
他方、ホンダは途上国にはオートバイを提供しているものの、四輪車は先進国の都市部で使われるケースが多い。トヨタもホンダも、カーボンニュートラル作戦では同じ山の頂上を目指しているが、その山登りの道は異なっている。このように電動化戦略では両メーカーの違いは明確だが、むしろこの違いこそが日本の自動車産業の多様性ではないかと筆者は考えている。
自由に移動できて、長く乗れる便利なクルマ。人々の生活を支え、時には人々の行動範囲を広げ、未知の世界に連れて行ってくれるクルマ。あるいは欧州車にも負けない高級車。さらに燃費技術では世界をリードし、自動運転も世界初。このように多様なニーズに応えてきた日本車を生み出している日本の自動車産業は戦後の発展の中で、大きな奇跡なのかもしれない。
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