日本車が世界一輝いていた栄光の時代 90’sスポーツの絶大な魅力とは

日本車が世界一輝いていた栄光の時代 90’sスポーツの絶大な魅力とは

 1990年代の日本車はとにかく勢いがあった。280馬力自主規制はあったものの、次々パワフルなスポーツモデルが登場し、ホントに280馬力なのか? と言いたくなるほど激しい動力性能を争った。

 そんな90’sスポーツたちも製造から25~30年を経て、コンディションのいい個体も数を減らしている。

 最新モデルと比べれば完成度は低いのかもしれない。しかし、熱い鼓動は今も圧倒的な存在感を放っている!!

 魅惑の90’sスポーツ、その魅力を味わうのであれば今がラストチャンスだ!

※本稿は2021年6月のものです
文/ベストカー編集部 写真/ベストカー編集部 ほか
初出:『ベストカー』2021年7月10日号

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■90’sスポーツは日本車の誇りだ!!

 つい先日のことのように、音も匂いも、その時のワクワクやドキドキも、鮮明な記憶として一瞬で脳内に蘇ってくるのだが、思えば20年以上、いやいや25~30年も前の出来事だったのだな~。

 それほどまでに刺激的だったんだよね、1990年代前半の日本車たちって。

マツダ RX-7…13B型ロータリーターボはデビュー当初は255psだったが、1996年1月のマイチェンで265psへ、さらに1999年1月のマイチェンで280psに達した。独特のロータリーサウンドを奏で、フロントの軽い軽快なハンドリングが魅力

 ちょうどその序章が幕開けた1989年、そう、日本の若者が16年ぶりのGT-R復活に沸き、280馬力のフェアレディZがデビューした年にベストカー編集部にもぐりこんだウメキ。

 翌年のNSX登場、GTOツインターボ、そしてFD3S型RX-7やA80型スープラが毎年のように相次いでデビューしてくるのを「ドイツ車に負けない日本車の時代だ!」と、誇らしい気持ちで見続けていた。

三菱GTOツインターボ…当時のギャラン系のプラットフォームをベースとした、V6、3Lエンジンを横置きとしたフルタイム4WDというレイアウトがGTOの特長。豪快だった!!
日産シルビア(S14型)…比較的コンパクトな2ドアクーペに縦置きエンジン後輪駆動というレイアウトでクルマ好きをワクワクさせたシルビア。1993年にS14デビュー

 当時のベストカーは毎号のようにヤタベだ! ツクバだ! と、ニューモデルの性能テストをやっていた。当然読者もそれを待ち望んでいたし、なにより、我々編集部スタッフも、モデルチェンジのたびにパフォーマンスを高めてくるニューモデルの性能テストにとりつかれていた。

 1989年7月に登場したZ32型フェアレディZは当初の計画では300psとなる計画だったものが、当時の運輸省の「指導」によりカタログ表記が280psになったというのは有名な話。20年にわたり続く「280ps自主規制」の始まりとなった。

 そんなわけで90’sスポーツの最高出力はGTOツインターボもNSXも、R33GT-Rもすべて280psだが、実際の馬力は、絶対に、どう控えめに見ても300~350psはあったはずだ。

「ヤタベ」とは、今では再開発ですっかりきれいな街に変貌した研究学園地域、茨城県つくば市にあった日本自動車研究所のテストコースのこと。旧谷田部町に所在した名残で「ヤタベ」と呼ばれていた。

 夜も明けない午前4時頃から高速周回路で準備を始め、ゼロヨン加速、そして最高速テストをやるというのが、1990年代の自動車雑誌の日常だったのだ。

 1980年代はゼロヨン16秒台、最高速は200km/h出るか出ないかだった国産車が、ZもGTOも軒並み250km/hを突破し、ゼロヨンだって12秒台の攻防を繰り広げたのだから、ワクワクしないわけがない。

 それまで高嶺の華だったポルシェ911がガチンコライバル車としてGT-Rやスープラの隣に並んでテストのたびに勝った負けたとやるのだから興奮した。

三菱FTO…シルビアなどと直接ライバルとなるミッドサイズクーペのFTO。V6、2L NAは最高出力200ps
日産スカイラインGT-R(R33型)…車体サイズを拡大し鈍重なイメージを与えてしまったR33GT-Rだが、走りはシャープだった
トヨタMR2(SW20型)…225psを発揮する直4、2Lターボをミドに搭載する2代目MR2。やや繊細なハンドリングだ

 今のクルマと比べると、トラコンくらいしか姿勢制御システムがなかったこともあり、荒々しかったけれど、その荒々しさも、今の視点で振り返っても魅力的に映る。

 そんな90’sスポーツの栄華は文字どおり1990年代の一瞬だった。2000年10月に施行された排ガス規制によってCO、HC、NOxなどがそれまでの70%削減が求められたのだ。

 もちろん、各メーカーが排ガス対応にコストをかければクリアすることはできたのだが、時代は省燃費、また厳しくなった衝突安全性能などへの対応を求めた。

 スポーツカーの販売も低迷し、コストをかけることができず、猶予期間とされた2002年8月をもってRX-7、R34GT-R、シルビアなどが相次いで消滅。

 それより少し前にGTOも消滅していたし、2003年にはスープラも生産を終了し、1990年代を駆け抜けたニッポンのモンスタースポーツたちは消え去ってしまったのだ。

 ある意味、日本の自動車産業のレジェンドともいえる90’sスポーツ。その魅力は今もって色褪せない!

●90’sスポーツの動力性能テスト結果
・R32型スカイラインGT-R……ゼロヨンタイム:12秒98/最高速:248.0km/h
・R33型スカイラインGT-R……ゼロヨンタイム:12秒55/最高速:250.7km/h
・GTOツインターボ……ゼロヨンタイム:12秒95/最高速:253.2km/h
・A80型スープラRZ……ゼロヨンタイム:13秒51/最高速:270.0km/h
・Z32型フェアレディZ……ゼロヨンタイム:13秒94/最高速:256.2km/h
・FD3S型RX-7……ゼロヨンタイム:12秒98/最高速:256.2km/h
・NSX……ゼロヨンタイム:12秒73/最高速:266.0km/h
・S14型シルビア……ゼロヨンタイム:13秒70/最高速:─
・SW20型MR2……ゼロヨンタイム:12秒80/最高速:─
・FTO……ゼロヨンタイム:15秒00/最高速:─

●『25年ルール』とは!?

 アメリカの話なのだが、製造から25年が経過した自動車について、クラシックカーとして取り扱い、本来適用される安全基準や排ガス規制、関税などが大幅に緩和されるという制度。アメリカでは使用できない右ハンドル車も「25年ルール」で使用可能となる。

 グランツーリスモなどで人気があり、アメリカでは販売されていなかったR32型スカイラインGT-Rやランエボ、インプレッサSTIなどが大量にアメリカに流出し、中古車価格が高騰するという現象が起こっている。今年は1996年生産車が25年ルール適用となる。

(TEXT/編集部 ウメキ)

■国沢光宏が選ぶもう一度乗りたい!90’sスポーツTOP3

 R32GT-RやNSXは当たり前すぎるから、あえて外した。誰に聞いても、真っ先に挙がるクルマでしょう。NSXは当時、新車で買って乗ったくらいだから、そりゃあ、思い出深いです。

 R32はGT-Rは言うまでもないけれど、2LターボのGTS-tタイプMがよかったね。ちょうどいい扱いやすさで、思い切り運転を楽しめた。

 コンパクトなFRクーペという意味ではS13シルビアもいい。楽しいクルマだったよね。180SXも中身は同じだけど、顔とリフトバックのテールが嫌い。ノッチバッククーペのシルビアがいい。

 あとは、1995年に登場したインテグラタイプRも今また乗りたい1990年代のクルマ。1.8LのNAエンジンを7000rpm以上回して200馬力を引き出す。

 あんなエンジンを積んだクルマは今後は出てこないでしょう! あれを200万円台で普通に買うことができたのは、今考えると凄いこと。

日産スカイラインGT-R(R32型)…1990年代の日本のスポーツモデルを代表するクルマと言えば、やはりR32GT-R、NSXを外すことはできない。このほかにも印象に残るクルマがたくさん登場した
ホンダNSX
日産180SX

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