■キープコンセプトの先例
その理由を知るための例として、2020年にフルモデルチェンジされたN-ONEが挙げられる。ムーヴキャンバスと同様、プラットフォームを刷新しながら、従来型との違いがわかりにくい。フロントマスクなどの樹脂部分は変更したが、スチール部分は先代型から流用する異例のフルモデルチェンジを行った。
N-ONEの開発者にスチール部分を変えなかった理由を尋ねると、以下のように返答された。
「スチール部分まで作り替えることも検討したが、試作段階で先代型に比べて変化させるほど、N-ONEらしさが薄れていった。そこで結局、大半の部分を変更しなかった。デザインを変えなければ、開発コストを抑えられる事情もある」。
N-ONEは、新旧モデルとも、1967年に発売されたN360をモチーフにデザインされている。先代型がN360らしさを忠実に反映していれば、手を加えるとそこから離れてしまう。つまり、N-ONEは、N360をモチーフにするために、フルモデルチェンジを行っても外観をあまり変えられなかった。
■ムーヴキャンバスが「キープコンセプト」を選んだ理由
一方、ムーヴキャンバスには、N-ONEのような特定のモチーフは存在しない。自由に変えられるのに、新型の変化は小さい。その理由は、先代ムーヴキャンバスのデザインが高い人気を得ていたからだ。
従来型のムーヴキャンバスは、新型と違ってターボを用意していないが、売れゆきは好調だった。ムーヴ全体の60%以上をムーヴキャンバスが占める。2022年1~5月に、ムーヴキャンバスだけでも1カ月平均で4000~4500台は届け出されている。
この販売実績は、2020年に発売された比較的設計の新しいタフトに迫る。ムーヴキャンバスの発売が2016年まで遡ることを考えると、安定的に売られる定番車種だ。ムーヴキャンバスにとって一番の特徴とされる外観には、時間が経過しても色褪せない普遍的な価値があるから、堅調な売れゆきを維持できた。
そうなると新型ムーヴキャンバスも、外観はあまり変えないほうが無難だった。特に今の軽自動車は、日常生活のツールになり、デザインは安定成長期に入った。新しくすれば売れるわけではない。
現行N-BOXも、標準ボディの外観はフロントマスクを含めて先代型とあまり違わない。N-ONEのように別の車種をモチーフにしているわけではないが、いわば先代型がモチーフになるわけだ。
そして現行N-BOXの販売も好調だ。丸型ヘッドランプのハスラーなどを含めて、外観の変化を小さく抑えることで、先代型の高人気を継承している。
■大きな変化で失敗した例
逆に変化を与えて失敗することもある。ダイハツでは、タントの売れゆきが伸び悩んでいる。過去を振り返ると、先代タントは2013年に発売され、翌年の2014年には1カ月平均で2万台弱が届け出された。先代N-BOXや先代アクアを上回り、国内販売の総合1位になった。
しかし、現行タントは2019年に発売されて翌年の2020年には、1カ月平均の届け出台数が1万台少々であった。コロナ禍の影響を差し引いても販売の低迷は顕著で、2020年の販売ランキング順位もN-BOXやスペーシアを下回った。
タントの販売が伸び悩む理由をライバルメーカーの商品企画担当者に尋ねると「理由のひとつに、外観の変化があると思う」と述べた。
現行タントでは、標準ボディのヘッドランプが薄型になり、カスタムもフロントマスクの下側を大幅に変えた。これが販売面で裏目に出たとも考えられる。ダイハツとしては、タントの失敗は繰り返したくない。
プリウスも現行型で失敗した。2009年に発売された先代型は、2010年と2012年に1カ月平均で約2万6000台を登録して国内販売の総合1位になったが、2015年に登場した現行型は、2016年が2万台少々で2017年は1万3000台まで下がった。
現行プリウスはフロントマスクを大幅に変えており、人気低迷の一因になっている。
以上のように、従来型が成功したのに新型でフロントマスクを大きく変えると、販売面で失敗することがある。そこを心配すると、従来型のデザインを踏襲するフルモデルチェンジが行われる。
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