日本自動車界の「曲者」 光岡自動車はなぜ半世紀輝き続けているのか?

 日本で10番目の自動車メーカーとして数々の個性的なクルマを作り、今や日本のクルマ好きで知らない人はいないだろう、というまでに成長した光岡自動車。その光岡自動車が昨年、創業50周年の記念すべき節目の年を迎えた。

 富山日野自動車のセールスマンだった光岡進氏(現光岡自動車会長)が、日野自動車の乗用車生産からの撤退を受けて独立。富山の地で板金塗装や整備を行う「光岡自動車工業(光岡自動車の前身)」創業したのが、1968年2月のことだった。

 農家の馬小屋を間借りしての出発から現在の中古車販売業のさきがけとなるビジネスモデルを展開し、「BUBU(ブブ)」という店舗名称を用いて全国展開するまでに成長させた。

 1979年に法人化し、「株式会社光岡自動車」を設立。1982年2月には50ccエンジンを搭載して自動二輪免許・原付免許で運転が可能なゼロハンカー「BUBUシャトル」などを発表。しかし、1985年の新道路交通法の改正により、ゼロハンカーが自動二輪免許・原付免許で運転できなくなり、製造工場を畳むなど会社は窮地に陥った。

 その危機からほどなくして、アメリカ車の並行輸入を開始。レプリカカーの製造も手がけるようになる。そして1994年に発売したレプリカ車「ZERO1(ゼロワン)」で、運輸省(現国土交通省)の型式認定を受けたことで、日本で10番目に自動車メーカーに認められたのだ。

 そこからは、「ビュート」をはじめとするパイクカーの製造にも着手。「オロチ」の発表で、日本中にその名を知らしめることになる。今回はそんな光岡自動車の“過去”と“現在”を見つめてみたい。

創業50周年のロゴも作成された。5角形と10角形の組み合わせたデザインで、外周にメビウスの輪を描く事で、社業が末長く続いて行く様を表現している

〈MITSUOKAの歴史〉

1968年 光岡自動車工業を個人創業
1970年 カーショップ光岡自動車を個人創業
1979年 株式会社光岡自動車を設立
1981年 東京都江戸川区に東京支社を開設
1982年 50㏄ミニカー「ゼロハンカー」を発表
1987年 レプリカタイプの改造車「BUBUクラシックSSK」発表
1989年 「BUBU356スピードスター」発表
1990年 「ラ・セード」発表、株式会社ファーレン富山設立
1992年 株式会社ブブ札幌設立
1993年 「ビュート」発表
1994年 自動車メーカーとしての第一号車「ゼロワン」発表
1996年 「ガリュー」発表
1997年 富山クライスラー株式会社設立、株式会社ブブ東日本を設立
1998年 「リョーガ」発表、株式会社アレーゼブブ北海道を設立、“マイクロカー「MC-1」「K-1」、キットカー「K-2」発売”
1999年 電気自動車「MC-1EV」を発売
2000年 「ユーガ」「ラ・セード」を発表
2001年 株式会社ブブ札幌でゼネラルモーターズの正規ディーラー事業開始
2002年 「レイ」発表
2003年 株式会社ブブ光岡及び株式会社ブブ東日本を吸収合併
2004年 「ヌエラ」発表
2006年 「オロチ」発表
2008年 「ヒミコ」発表
2012年 電動トライク「Like-T3」発表
2014年 「リューギ」発表
2016年 「リューギワゴン」発表
2018年 創業50周年記念車「ロックスター」を発表

※本稿は2018年12月のものです
文:ベストカー編集部/写真:光岡自動車、ベストカー編集部
初出:『ベストカー』 2019年1月10日号


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