ニュルブルクリンク24時間レース。近年ではスバルやGAZOOがこぞって挑戦し、クルマの完成度を高めているレースだ。
ニュルブルクリンクは言わずと知れた”難攻不落”とも言える、世界一厳しいサーキット。新型車開発が行われる現場でもある。
そこに挑む日本のサムライたちはどんな気持ちで挑んでいるのだろうか? ベストカーweb編集部員が現地に飛んでその実情を目の当たりにしてきた。
当記事では現地で見た日欧のレースの違い、そして楽しみ方の違いに注目してお伝えしたい。
文:ベストカーWeb編集部/写真:塩川雅人(編集部)【PR】
■日本と欧州の間にあるとんでもなく高い壁
ドイツ車はセダンやコンパクトカー、はたまた大型バンまでニュルブルクリンクを実走してその走りを磨き上げる。
そうは言っても近年のとにかくなんでもニュルを走れば一人前みたいな風潮に、「ニュルブルクリンクがなんぼのもんじゃい!!」と思う人もいるかもしれない。

担当も「そこまで凄いんかいな」とちょっと疑っていたのは事実だ。
しかし別名”Green Hell(緑の地獄)”と呼ばれるそのコースを目にしたとき、その異様にも思える光景に少し寒気がした。
路面は日本の国道よりも綺麗な舗装ではなく、200km/h近いスピードが出る場所にもうねりがあり簡単にクルマを数メートル飛翔させる。
アップダウンの繰り返しで常に3次元の入力をクルマに味合わせる。それはコースサイドから走り抜けるクルマを見ていもよくわかる。
前後左右への傾きのみならず、上下にマシンが動く。まさにクルマにとってもドライバーにとっても「地獄」のようなコース。
かつてR32 GT-Rがニュルブルクリンクで開発テストを実施したときに、1周ももたずに走行ができなくなるほどだったという。日本でサーキットテストはしていたのにだ。

そんなニュルブルクリンクで24時間走り抜ける。冷静に考えればそこまで自分を追い込むのはすごいストイックだ。無酸素エベレスト登頂くらい凄いハナシ。
そんな無謀とも思えるレースに、多くの日本勢が果敢に挑んできた。ちなみに最初に挑んだ日本車は前述のR32 GT-Rだった。
2019年はスバル、トヨタGAZOOレーシングの2大ワークス、そしてKONDOレーシング、BANDOHなどスーパーGTでおなじみのチームが参戦。
KONDOレーシングの初参戦総合8位、そしてスバルのクラス優勝など輝かしい功績を残した。
■肉食系ガンガン派の欧州勢と理論派日本チームの対比
とにかく地元欧州勢の勢いは凄い。レース以前にメディアの人々からして我々とは違う。
取材陣が拠点とするメディアセンター。そこではランチビュッフェが毎日あるのだが、連日ソーセージ、ソーセージ、そしてソーセージという状況。
そこで地元メディアの猛者たちは3本程度を一度に食べ、そこにファンタオレンジをグビグビ流し込む。

紙コップで飲むように用意された2Lのペットボトルを自分専用に持っていく猛者もいる(しかも30分経たずで空になる)。そして多くの人々が驚くことに1日に3回くらいソーセージランチを堪能していた。
これぞリアルな肉食系ってものを見た気がする。とにかくタフさは凄まじい。
当然ながらメディアの人々のみならず欧州系ドライバーたちの運転も躊躇がない。どう考えたって怖さを感じるであろうコーナーを「いっせいのせっ」でアクセル全開で曲がっていく。
怖くないのか地元ドイツ人ドライバーに聞いたら「曲がれるうちは怖くない」なんて平気で回答する。そりゃそうだけどさ……。

日本のドライバーたちもテクニックについては当然ながら申し分ないもの。頭で考え、そして着実な進化を重ねて走る。何ら問題はない。
欧州のドライバーたちのドライビングとはアプローチが異なるだけだ。サッカーなどのスポーツでもこれらの思考の違いはよく見受けられるものだが、モータースポーツについても例外ではないようだ。
日本チームは秩序を重んじて事前に周到に計算されたプランを重視し、効率よく24時間を戦い抜く。
欧州勢も当然ながら用意周到ではあるが、時に感情をむき出しにしてクリエイティブに新たな戦術を生み出している。いい、悪いの話ではなくそれが文化の違い、ひいては戦い方の違いなのだ。
■サプライヤーにも降りかかる厳しい欧州の洗礼
またこの欧米の高き壁に勝負を挑んでいるのはドライバーやメカニックだけではない。サプライヤーも大きな課題をもって取り組む。
スバルにマフラーを供給するFUJITSUBOは2019年は音量を制御しつつ、パワーも求められている。

というのも2018年にスバルチームは音量規制への抵触の可能性をオーガナイザーから指摘され、調査などを要した。
関係者によればそこまで大きな音量ではなかったという。しかしそこは大和魂。「そんなこと言うならこっちだって!」と開発チームは走行騒音の周波数解析など徹底的に対策を行った。
そして国内サーキット等で何度も実車テストを繰り返した結果、パワーダウンは抑え、より一層音量を抑えた2019年モデルの オールチタンマフラーを投入。
更に万が一に備え、現地で対応できる予備のバックアッププランを2つも考えていたという徹底ぶり。
実際2019年のレースでは音量の指摘は一切無かったが、今後の為に。とFUJITSUBOスタッフはコースサイドで靴を泥まみれにしながらも音量測定を行っていた。
いろいろな説があるが1周を全開で走ると公道の800km分の負荷がかかるという。今回145周をしたWRX STIはザックリ11万km分の負荷がかかっているとの見方もできる。

FUJITSUBOが凄いのはニュルブルクリンク24時間レースで戦い抜いた製品を、ほぼそのまま市販化しているとのこと。
マフラーメーカーのパイオニアとして多くの日本チームをニュルブルクリンクで支えるが、世界一過酷なレースを走り抜けた製品を市販化することまでも含めてメーカーのプライドであり自信なのだ。
サプライヤーにとっても同様にレースはパーツを実践投入する最大のテストの場だ。
レーシングカーに採用できるほどのクオリティや耐久性を持ったパーツを開発することは商品化への最短ルートでもある。
設計段階から耐久性、そしてパワー、安全性などをクリアできることがわかっているから各チームもその品質を信頼して採用する。
だから「ニュルブルクリンクを全開で24時間走る抜ける」というスペックは事前から持たせていたということになる。それを市販しても当然ながら品質に問題はないのだ。

いくらコンピューターでの解析が主流になろうとも、やはり長年の経験から導き出される設計手法も大いに役立つ。
それが日本の職人であり、メイド・イン・ジャパンのものづくりだろう。ニュルブルクリンクで戦うのはドライバーやチームだけではないこともぜひ覚えておいてほしい。
■観客も一流だ!! でもモラルはちょっと微妙??
ドイツ人のイメージと言えばきっと「真面目」「規則正しい」なんて意見も多いはず。
実際にその傾向も多いが担当が特に感じたのは「はっちゃけるとやばい」である。ニュルブルクリンクは25kmものコース長があり、複数の自治体にまたがる。
山手線が1周約35km、大阪環状線が1周約21km。こう考えるとそのスケール感が伝わるだろうか。

当然カメラマンもクルマやバイクで山奥まで移動する。担当も機材を持ちながら急坂を登り、1日に8kmも山道を歩いた。
観客の多くも山の中にテントを持ち込み、村を形成している。なかには観戦小屋を作り上げる人たちもおり、その完成度はすごい。
夜間は爆音で走り抜けるマシンの横で観客はビールにワインにバーべキュー。文字通りの狂喜乱舞である。

途中からきっとレースなんて見ていない。午前4時頃に山のなかへ行ってみたが、レースを観る人はさほど多くなく静まり返っている。
しかし登山道にはビールの空き缶や割れたワインボトル、燃え切った炭などが散乱。前夜のお祭り騒ぎは想像に易い。
撮影スポットまで歩けば寝袋の上に酔っ払いが上半身裸で寝ている。ドイツ人すごいぞ。ちなみに登山道のごみを捨てないのかと聞くと、まとめておけば回収スタッフが来てくれるとのこと。

2018年に富士スピードウェイでも50年ぶりに24時間レースが復活したが、さすがにここまでの観客のはじけっぷりは見られない。
老若男女問わず、みんながクルマを通じてアウトドアを楽しむ。そんなイメージが早く日本にも定着してほしいなとも思う。
当然ごみ捨てなどはマネしないべきで、すべてが外国に倣えではない。しかし「レースはついで」というスタンスも非常に大事に思えた。
日本のモータースポーツの進化はドライバーやメカニズムだけでなく、観戦文化も今後は大きく変化し、レースがより身近なものになるはずだ。
かつて多くの日本の人々が熱狂したモータースポーツ。その再興のカギはニュルブルクリンク24時間にあるはずだ。
