11代目が大きなターニングポイント
が、21世紀になるとスカイラインは大きなうねりのなかに投げ出された。海外ではインフィニティブランドのプレミアムセダンを、11代目のスカイラインとして日本市場に投入したのだ。
2001年のことで、伝統の直列6気筒とターボを捨て、自然吸気のV型6気筒DOHCエンジンで勝負に出ている。
スカイラインのアイコンだった丸型テールとも決別した。これに続く12代目と現行の13代目、V37スカイラインもこの流れの中にある。
2013年に登場した13代目は、スカイライン史上初となるハイブリッド車を設定した。
そして最新モデルでは時代の最先端を行く運転支援技術レベル2の「プロパイロット2.0」搭載車を設定するとともにパワフルな3LのV型6気筒ツインターボを積む400Rを投入。スカイラインファンから熱い視線を集め、販売も前年比を上回っている。
10代目の不振が凋落へのトリガーを引いた!?
が、かつてのスカイラインの栄光を知っているファンは、この販売台数を歯がゆい思いで見つめているはずだ。
スカイラインの全盛期は1970年代前半に発売されていた4代目の「ケンとメリー」のときである。5年足らずの間に累計67万台を販売した。月にすると平均1万4000台である。
現行のスカイラインは、年間でも「ケンとメリー」の1カ月ぶんの販売台数に達していないのだ。ちなみに9代目のR33まで、スカイラインはシリーズ全体で年間5万台以上の販売を続けていた。
これが10代目のR34スカイラインで年間2万台レベルに落ち込んだのである。だから日産の首脳陣は危機感を抱き、大ナタをふるって新しいパワートレインと新しいパッケージングのV35スカイラインを送り出したのだ。
愛が感じられなくなった
11代目以降のスカイラインも、ステアリングを握ればスポーツライクで、運転するのが楽しい。が、頑固なファンは、V型6気筒DOHCエンジンを積むスカイラインを認めなかった。
速いだけでなく、安全でドライバーと同乗者にやさしいクルマを追求したのが歴代のスカイラインだ。そのために日本初、世界初のメカニズムを積極的に採用し、血の通ったクルマを目指した。
運転が楽しいだけでなく、愛も感じられるクルマなのである。だからスカイラインを乗り継ぐファンが多かった。開発陣も、オーナーの期待に応えられるように頑張り、望まれるものを早出ししている。
だが、急きょ、スカイラインを名乗って登場することになった11代目は、スカイラインらしさが希薄だった。デザインに若さが足りなかったし、鉄仮面や丸型テールなどのスカイラインのアイコンも継承されていない。
また、パワフルな高性能モデルも存在しなかったからファンはそっぽを向いたのである。
登場した時期も悪かった。日本では1990年代半ばからミニバンやクロスオーバーSUVなど、マルチに使えるクルマを次世代のセダン、ファミリーカーと考える人が増えてきたのだ。
セダン離れとともに、2ドアクーペも敬遠されるようになる。スカイラインは伝統的に2ドアモデルを設定していたが、若い人は閉塞感のあるクーペには目を向けなかった。
当時新たにCEOに就任したカルロス・ゴーンに反感を持つ頑固な日産ファンも買うことを控えていた。
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