あったなぁ…かつて日本で大ブームを巻き起こした 超個性派輸入車 5選

 日本は輸入車にとって得体の知れないマーケットである。海外と違って安いから売れる市場ではないのはご存知のとおりだ。バーゲンプライスを掲げてユーザーに媚びたが、売れなかったクルマは数知れない。

 その逆に、国産車よりはるかに高いプライスタグを付けていても売れるクルマはたくさんある。

 また、知名度はそれほど高くないが、突発的に日本で売れ、一大ブームとなった輸入車も少なくない。

 そこで日本でブームを巻き起こした輸入車5台にスポットを当て、その魅力を探ってみた。

文:片岡英明/写真:HUMMER、FCA、SAAB、RENAULT、ALFA ROMEO

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ハマーH2

販売期間:2002~2010年
ハマーH2の中古車情報

ハマーH2は全長5171×全幅2062×全高2012mmという巨大なSUVだった。芸能人、プロスポーツ選手なども好んで乗った効果も大きかった

 1954年、ナッシュ・ケルビネーターとハドソンが合併して誕生したアメリカンモーターズは、ユニークなクルマづくりを売りにしていた。

 また、カイザー・ジープの軍用車部門も吸収していたから子会社GMゼネラルを設立し、軍用車の開発も行っている。

 こうして完成したのがハンヴィーだ。このタフな4WDの軍用車を民生用にアレンジし、1992年に販売したのがハマー(後のハマーH1)である。

 1999年、このハマーの商標権はゼネラルモーターズに移った。

ハマーH1が軍用車そのままという武骨なインテリアだったのに対し、H2は乗用車的で機能的なインテリアが与えられていた

 これを機に、シボレー・タホのシャシーを用い、ハマーH1風のボディデザインをまとったハマーH2を開発し、2002年に販売を開始している。

 全長はH1より延びたが、全幅は少し狭められ、実用性を高めた。エンジンは6L、V型8気筒OHVで、トランスミッションは4速ATだ。駆動方式は4WDだけの設定で、2010年まで生産された。

 日本には三井物産オートモーティブによって輸入されている。新車価格は800万円前後と高かったが、富裕層やクロカン派を中心に好調な販売を記録。静かなブームを巻き起こした。

 また、扱いやすさに目を向け、ひと回り小さいハマーH3を2006年に加えている。だが、末っ子のH3は押しの強いハマーH2ほどの人気者になっていない。

元祖ハマーのH1は軍用車を民生用にアレンジしたSUVであるが、全長4686×全幅2197×全高1966mmで武骨そのもの
ハマーH3は全長4742×全幅1897×全高1872mmと充分な大きさだったが、H2に比べると小型化により威厳がなくなり、ヒットすることはなかった

ジープ・チェロキー

販売期間:1984~2001年
ジープ・チェロキーの中古車情報

1984年にデビューしたチェロキーは、全長4390×全幅1780×全高1635mmと、当時では大きく感じたが、今ではミドルクラスSUV

 今につながるSUVブームの立役者がジープ・チェロキーだ。1974年、アメリカンモーターズはジープ・ワゴニアにワゴンの味わいを加えたチェロキーを送り出している。

 その2代目となるXJは1984年に登場した。オイルショック後の作品だからボディはコンパクト化され、ボディとシャシーを一体化したユニフレーム構造の近代的なものになっている。

 また、4WDの駆動方式もハイ/ローの2段トランスファー(副変速機)を備えた画期的なシフト・オン・ザ・フライ式セレクトトラックだ。簡単な操作で2WDとパートタイム4WD、フルタイム4WDを切り替えることができた。

チェロキーは1993年に300万円を切る299万8000円のスポーツをついかしたこと、ホンダが販売を開始したことにより販売台数は大幅に増えた

 エンジンは何種類か用意されたが、日本では4L、直列6気筒OHVを主役とする。これに4速ATを組み合わせた。

 チェロキーは1990年代になると価格を引き下げ、1994年には300万円を切る廉価グレードの「スポーツ」を設定している。

 また、待望の右ハンドル車を1993年から発売し、ホンダ系の販売ディーラーでも扱いを開始した。

XJ型の最終モデルでは、エクステリアが大きく洗練されて質感が高くなったが、この頃にはチェロキーブームも下火になっていた

 リーズナブルな価格設定と販売ネットワークの拡大が功を奏し、1994年には1万1000台ものチェロキーを登録。

 その多くは廉価グレードの「スポーツ」だったが、大ブレイクし、一気に知名度を高めている。1990年代、GMとフォードのSUVを退け、日本でアメリカ車ナンバーワンに輝いたのがチェロキーだ。

サーブ900カブリオレ

販売期間:1986~1993年

2ドアノッチバックセダンをベースにルーフを取り払ってオープンとしたのが900カブリオレ。クラシカルな雰囲気がウケた

 スウェーデンの航空機メーカーの自動車部門として個性的な乗用車を生み出しているのがサーブだ。12年の長きにわたって第一線で活躍したサーブ99は、1978年春に後継のサーブ900にバトンを託している。

 エンジンは2Lの直列4気筒DOHCで、時代に先駆けてターボも搭載した。最初は3ドアと5ドアのハッチバックだったが、1982年にはノッチバックのセダンを追加。この2ドアモデルのルーフを取り去ったのがサーブ900カブリオレだ。

 日本には西武自動車販売によって輸入されている。1980年代半ばまでは、違いのわかる一部のマニア向けと思われていた。

 が、広告に使われて注目を集め、作家の五木寛之氏も愛車のサーブ900を小説に取り上げたから、クルマ好き以外も目を向けるようになる。

サーブは古くからラリーをやったり、航空機メーカーの自動車部門ということでクルマ好きには人気があったが、900カブリオレは女性からの絶大な支持を誇った

 ボルボと違うキャラのスウェーデン車と言うことで徐々にファン層を広げていき、これをバブル景気が後押しした。

 1980年代後半にヒットを飛ばすと、オシャレな900カブリオレも富裕層や女性層を引きつけている。

 わずか数年ではあるが、サーブ900は販売を大きく伸ばし、その名を知られるようになったのだ。

ルノー4(キャトル)

販売期間:1961~1992年
ルノー4の中古車情報

ルノー4(キャトル)は1961年のデビューから基本的なデザインは変わっていない。根強い人気はあったが、ドラマの『ビーチボーイズ』で使われて突如ブーム到来

 ルノーのボトムレンジを受け持つコンパクトサイズのファミリーカーがルノー4(キャトル)だ。日野自動車でもノックダウン生産していたルノー4CVの後継として1961年のパリサロンでデビューした。

 コンパクトサイズのなかで最大級のキャビンスペースを実現するためFF方式を採用し、後部には大開口のハッチゲートを装備している。

 エンジンは4CVから譲り受けた750ccの直列4気筒OHVでスタートし、海外向けにはドーフィンと同じ850ccや1100ccエンジンを搭載した。トランスミッションは4速MTだ。

フランス車らしく、インテリアは質素で機能優先となっていたが、オシャレな色遣いのインテリアも用意されていたのはさすがだ

 ルノー4は1992年まで32年間も生産が続けられ、累計生産台数は800万台を超えている。世界100カ国以上に輸出され、日本にも850ccエンジンを積むルノー4が並行輸入されていた。

 そして1100ccエンジンの時代になるとキャピタル企業が正規輸入するようになる。1986年、フランス本国で生産を終了したのを機に輸入は途絶えた。

 が、1980年代にはレトロ感覚の愛らしいルックスと機能性の高さがラテンのクルマを愛するマニアに持てはやされ、横文字商売の若者や都市部のファンを中心に販売を伸ばした。

 そして、1997年に放映されたテレビドラマ『ビーチボーイズ』で登場したことにより若者が中古車を買いあさり、一時はタマ不足&高騰するブームとなったのも懐かしい。

アルファロメオ156

販売期間:1997~2005年
アルファロメオ156の中古車情報

リアドアのノブを隠す手法の元祖的存在の156。アルファロメオ久々のヒットモデルとなった。画セレスピードは故障が多発したがオーナーは受け入れた

 名門アルファロメオは、1980年代からヒット作に恵まれずジリ貧に陥っていた。起死回生のヒットを飛ばし、アルファロメオを甦らせたのが1997年のフランクフルトショーに送り出したアルファ156だ。

 ボクシーなフォルムのアルファ155の後継として登場したが、デザインは大きく違う。クラシックな味わいをほのかに漂わせる美しいスタイリングは、名デザイナー、ワルター・デ・シルヴァの手になるものである。セダンだけでなくスポーツワゴンも個性的だ。

 エンジンは2.5L、V型6気筒DOHCと2L、直列4気筒DOHCを設定した。4気筒エンジンのトランスミッションはツインクラッチのセレスピードと5速MTだ。

 その後、3Lエンジンを積むホットバージョンを加え、伝説のGTAの名を復活させている。

2002年にアルファロメオにとって特別な名称であるGTAが復活。2002年7月に販売を開始したが、2002年の日本割り当て分を即日で完売する人気だった

 アルファ156は気持ちいいパワーフィールに加え、ハンドリングも軽やかだった。スタイリッシュなルックスに加え、走りもラテンの香りをプンプンさせていたからアルファ156は世界中で愛されている。

 アルファロメオにとって久しぶりのヒット作となり、日本でもブレイクした。

 マイナーチェンジで2Lエンジンは直噴化され、扱いやすいフラットなトルク特性を手に入れたからファン層も広がっている。

 鳴り物入りで登場したセレスピードはトラブルが多発し、販売ディーラーも未成熟だったが、アルフィストは寛容な心でアルファ156と接した。

 今もアルファロメオの傑作として語り継がれているのがアルファ156だ。

156の前身である155。156が大ヒットした陰には、155でツーリングカーレースで大活躍し、アルファロメオの名声が復活したことは無視できない

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