■「ゲームチェンジャー」のはずの全固体電池にも問題が
「でも、次世代は全固体電池でしょ?」という声は多いのだが、全固体電池もまた別の課題がある。
全固体電池とは、その名のとおり、従来の液体電解質の代わりに固体の電解質を用いる。確かに、イオンの移動が速いため、充放電のどちらにも瞬発力に優れるだけでなく、油ベースの電解質がないため圧倒的に燃えにくい。エネルギー密度が高い。劣化しにくく長寿命。作動温度が幅広いなど多数のメリットがあると言われている。
多くのメリットは正負極の間を固体電解質で埋めることによるものだが、そこに問題が発生する。充放電によって温度変化が起き、膨張と収縮を繰り返すので、固体電解質にヒビが入る。ヒビが入れば通電しなくなる。
本来の素性としては耐久性が高いはずだが、これまで固体電解質の素材特性によってむしろ耐久性にネックを抱えていた。
2023年10月12日に発表されたトヨタ自動車と出光興産の全固体電池の実用化へ向けた協業の発表は、この問題を解決するものだった。ポイントは柔らかい固体電解質を使う点にある。電解質が柔軟で膨張と収縮を吸収できるのでヒビが入らない。
具体的には、硫化リチウム系の電解質を使う。硫化リチウムを使うということは、基本的素養として、加熱されると致死性の高い硫化水素が発生する可能性がある。電気化学特性が優れることばかり注目されるが、現時点では硫化水素対策がどうなっているかは発表されていない。ただ硫化物質というだけで怖がっているだけかも知れないが、留意しておきたいポイントである。
さて、この硫化リチウム系の電解質は、まだ商用化されていない。消費量が限られている間は生産量が増えず、量産効果が効かないのでどうしてもコストが高くなる。
多くのメディアでは当たり前のように「ゲームチェンジャー」として扱われている全固体電池ではあるが、当分は高価であり、高級車用の限定的技術にならざるを得ない。大量生産に至らなければゲームチェンジャーにはなれない。
■高性能バッテリーには「充電器どうする?」問題も
もう一点、性能的にはおそらくズバ抜けており、トヨタの発表をみれば満充電で航続距離1200kmを狙えるという記述もある次世代バッテリー搭載車には、大きな課題がある。考えてみてほしい。現在のBEVの電費は1kWhあたり5km程度。仮にこれが倍の10kmになったとしても、バッテリーの容量は120kWhとなる。
それだけの大容量バッテリーを充電できる急速充電器には、どの程度の性能が求められるかだ。
120kWhの8掛けは96kWh。約100kWhを30分で充電しようと思えば、理論値で200kWの超高出力充電器が必要だ。高速充電器の性能に現状の4倍程度のジャンプアップが求められるし、当然それを支える電力インフラの増強も必要になる。そういう充電インフラは誰の負担で整備されるのだろうか?
現在各所で、日本の充電器の出遅れ論が盛んだが、150kW以上の高出力充電器の性能を引き出せるのは、輸入車の高級モデルだけ。つまり騒いでいるのは一部の金持ちで、60kWh程度のバッテリーを積んだ普通のBEVにとっては無用の長物である。そんなに高出力を受け入れる設計になっていない。多少背伸びをしたとてせいぜい出力100kW程度の充電性能で十分だからだ。
つまり、(たとえば全固体電池を搭載した高性能BEVを日常遣いできるよう経路充電設備を整えるため、高出力充電器を用意するとしたら)限られた金持ちの充電環境のために多くの庶民がコスト負担するかたちにならざるを得ない。そのうえで、それは普及クラスを中心にBEV全体の価格上昇を招く。
いまBEVを本当に普及させることを考えると、これ以上車両価格上昇を容認すべきタイミングだろうか?
もちろん長期的にみれば、さまざまなコストが下がった結果、BEVの充電受け入れ能力の平均値が上がって、普及クラスのBEVも200kWの充電器で15分充電すればいい状況も来るかもしれないが、現時点で現状からあまりにも飛躍しすぎているので、到達には時間がかかると思われる。
つまり、「全固体電池がゲームチェンジャーである」という話は、長期的視点に立てば事実だが、それがデビューしたら翌年から世界が変わるというものではない。
おそらくトヨタはレクサスのいくつかのフラッグシップ店に限定的に高速充電器を配備し、そういうスーパーBEVオーナーの利用に備えるかたちになるだろう。高速道路のPA・SAへの高速充電器配備もまた限定的で、誰もが自由に使える状況は当分期待できないと考えるべきだろう。
さて、BEVの普及にバッテリーの進化が求められているということは多くの人が理解していると思われるが、本当のところ、いったいどういう問題があるのかについて、種類別につまびらかにするのが今回の記事の目的だった。
バッテリーはまだまだ進化の途上なのである。
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