■「コバルト」の世界最大の産地に問題あり…
ところがこの三元系を構成する金属のひとつ、「コバルト」には供給面で大問題がある。
全世界のコバルト産出量の50%を占めるコンゴ民主共和国は、治安が悪い。日本の外務省の海外安全ホームページで見ると、ちょっと抜き出すのに気が引けるほど危ない事例が書いてある。地域によっては避難勧告が出ているし、そのほかのエリアも不要不急の渡航中止レベルである。
過去には反政府勢力が首都を制圧したこともあり、周辺国も巻き込んで30年間にわたって内戦状態にある。
政府側と反政府側のどちらも、コバルトの輸出で戦費調達を行っており、コバルトの採掘現場では11万〜15万人が手掘りの厳しい環境での労働を行なっているが、わずか7歳のこどもまで労働に従事していることについて、アムネスティインターナショナルが厳しい警告を発している。
ということで、コバルトは国際情勢の面から安定供給までの道が遠い。そもそも「戦争の資金源と知りながら、コバルトを買っていいのか」という倫理的問題も抱えているのである。よって三元系バッテリーは性能面では現状最も優れているが、その原材料調達にネックを抱えているのである。
そこで代案として注目を集めているのがリン酸鉄リチウムイオンバッテリーである。
たぶん学校の授業で元素周期表を目にしたことがあると思うが、原子番号27のコバルトの前には26の鉄がある。この周期表では似た性質の元素が横に並ぶので、周期表で隣り合った鉄はコバルトの代用ができる可能性があるのだ。
実はリン酸鉄バッテリーは最近発明されたものではないのだが、三元系に比べてエネルギー密度が低いことはわかっていたので、あまり盛んに研究されてこなかった。
しかし中国人研究者が正極材の微細粉末化と極板表面のカーボンコーティングでブレークスルーを果たしたことで実用化された。この技術は2022年までは中国国内の製造者に限って特許が公開されていたが、特許切れによって2023年から世界中のメーカーが製造できるようになった。こうした事情により、中国以外の国にとって2023年はリン酸鉄のバッテリー元年となったのである。
現在、世界中の技術者の注目を集めているリン酸鉄バッテリーだが、本質的には、BEVの欠点のひとつとされている航続距離で不利なことは変わらない。要するにエネルギー密度の低さが課題なのだが、三元系へのアドバンテージとしては高価な素材を使わない点が挙げられる。
コバルトとニッケルという高価な素材に代えて、鉄とリンという極めてありきたりで安価な素材を使うぶん安いのだ。
■高くて危険なリチウムにも安いリン酸鉄にも問題が
バッテリーメーカーの企業秘密なので材料の詳しい比率は明らかになっていない。しかし、おおむねの話として、三元系バッテリーはどんどんニッケルの含有量を増やして高性能化していく流れで、リチウムそのものは7%程度といわれる。対してニッケルはその6~7倍は含まれる。
要するに、バッテリーとはわりと「ニッケルの塊」なのだ。
それ以外にはコバルトが等倍から2倍程度含まれている。あとは安いマンガンやアルミなど。つまり高価な素材が多く含まれているから高いわけだが、意外なメリットとしては、リサイクル時にはコバルトとニッケルが売り物になるということでもある。
おそらく今後、原材料不足の見地からも、採掘の環境負荷の見地からも、バッテリーのリサイクルは義務化されていくだろう。そうなった時に困るのがリン酸鉄バッテリーだ。
リン酸鉄バッテリーの場合、リチウムの含有量は4%程度と言われているが、三元系におけるニッケルの代わりに大量に含まれているのが鉄で3〜4割。その次がマンガンで2割程度である。
鉄とリンはリサイクル費用がバージン原料より高くつくため、リサイクル素材としてほぼ商品価値がない。価値がないだけなら燃やして埋めてしまえばいいのだが、もうひとつの懸念はマンガン含有量の多さだ。マンガンは生殖毒性のほか、水棲生物への長期的影響なども指摘されており、リサイクルせずに廃棄すると土壌汚染など問題が多い。しかもマンガンもまた単価が安い原材料だ。
つまりリン酸鉄バッテリーは、リサイクル時に再生される材料に市場価値がないので、ビジネスにならない。となれば、新車の販売時にリサイクル費用が加算されるようになる可能性が高い。その時にはたして三元系と比べて安価かどうかはかなり怪しい。
エネルギー密度で遅れを取っても価格が魅力なのが特徴だが、今後も通用するのかどうかの懸念があるわけだ。
このあたりはバッテリーリサイクル制度がどうなるかによる。包括的にバッテリー全部に義務化されるのか、マンガンの含有率で区別されるか。それは制度ができてみるまでわからない。
三元系は原材料の調達に、リン酸鉄系は廃棄問題とリサイクル問題が課題として残る。
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