これまでの本連載で述べてきたとおり、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)」は、その報告書の中で、「2050年までに、産業革命以前と比較して、プラス2℃(努力目標はプラス1.5℃)までに抑えないと大変なことが起きると報告している。
文/池田直渡、写真/AdobeStock、ベストカー編集部、気象庁、日本自動車工業会
■報告書は「ヤバいよ」と書いてあるだけ
「IPCC」は科学者が書いた報告書なので、シナリオ別に分かれているうえ大変わかりにくい。
具体的には「地球温暖化が進行するにつれて同時多発的なハザードが増大する(確信度が高い)」だとか、「気候システムのすべての主要な構成要素が更に影響を受ける。地球温暖化がさらに進むごとに、極端現象の変化がさらに拡大し続ける。地球温暖化が継続すると、世界の水循環が、その変動性、世界全体におけるモンスーンに伴う降水量、非常に湿潤な及び非常に乾燥した気象現象と気候現象や季節を含め、さらに強まると予測される(確信度が高い)」という具合である。
要するに「ヤバいよ」ということだけ分かればいい。
ただしIPCCが言っているのはここまでで、「だから全部BEV化しろ」などのプランは報告書を受けたほかの誰かが言っている話である。
その中身はおおよそ「2050年の温度目標を実現するためには、2050年には自動車のカーボンニュートラルを実現する必要があり、そのためには一般的なクルマの保有期間15年を差し引いた2035年には内燃機関を全廃しなくてはならない」という感じなのだが、まあこれには普通に考えていろいろと飛躍がある。
そもそも2050年の温度目標を達成するためにクルマのカーボンニュートラルがどの程度貢献するのかについては、一致した見解があるわけではないし、カーボンニュートラルのために内燃機関全廃という話は合成燃料の可能性を完全否定した話である。
もちろん「やれば多少なりとも目標に近づく」のは確かだが、「1.5℃目標を達成できる」とする信頼に足る試算はないし、CO2排出量の削減目標はそもそもクルマだけの話なはずがない。ちょっと日本の例を見ながら説明しよう。
■クルマの出すCO2は15%…残りは?
日本はIPCCの提言を受けて、2021年に「2013年度比で温室効果ガス46%削減」を目標に掲げたが、2021年の「日本のCO2排出部門別割合」を見ると、年間約10億6400トンの排出量のうち、自動車は15.1%に過ぎない。
46%と15.1%の差分は約31%。つまり我が国の国土を走るすべてのクルマを完全に撲滅して、仮に「ノーカー社会」を実現したとしても、国の目標46%削減はまったく達成できない。
CO2削減論の源流が「気候変動はヤバい」だとすれば、最低限「こうすれば計算上、目標が達成可能」という青写真はあって然るべき。というか、そういう計算もなく無思慮に「とにかく減らせ」と叫ぶだけで実現できるほど簡単な目標ではないはずだ。
そもそもの話、全体戦略不在のまま、クルマだけが俎上に上げられ、闇雲に規制を強化されるのは端的にバランスが悪すぎるし、ましてや「BEV化を進めること」が、さも「気候変動問題のソリューション」として流布されることも、数字の辻褄上まったく理解不能である。
15.1%減というのはクルマがなくなる前提の話(完全ノーカー社会)であり、それは不可能だから、では(よりマシな選択として)オールBEV化しよう、という話をするにしても、BEVの製造過程でCO2は発生する。オールBEV化をまかなうほどの発電量を確保するには、完全ノーカー社会より遥かに多くのCO2が発生するわけで、オールBEV化の成果は、開けてみればせいぜい5%くらいの削減になるのではないか。
5%減でもやらないよりはマシかもしれないが、過去の連載で述べてきたとおり、デメリットも多い。「2035年の内燃機関全廃とオールBEVへ置き換え」というプランには、インフラ普及もバッテリー調達も、消費者のニーズも、なにもかも追いついていない。
なにも「クルマのCO2削減はいっさい意味がない」という話をしているわけではない。CO2削減は日本自動車工業会(JAMA)を筆頭に、各メーカーとも同意している。もちろん筆者も同じである。だからこそマルチパスウェイでやりましょうという話である。
「バッテリーが進化するから」という話は多いが、一時期「ゲームチェンジャー」として期待されていた全固体電池も、コストや充電器の問題で、当面はスーパースポーツカー以外の用途は難しそうだという話は前回説明したとおりである。
こういう高性能電池の話は、充電インフラの問題ひとつとっても非常に難しい。
我が国の電気料金は、ピーク供給電力で基本料金が決まる設計になっているので、瞬間最大電力が大きい契約はイニシャルコストがべらぼうに高くなる。経路充電スタンドにとって、高い維持費は大きな負担だし、料金体系として原価や整備費をどう按分するかの合意形成は大変難しい。
現状、100kW以上の受け入れ能力がある車両は、乱暴に言えば高級輸入BEVに限られる。おおむね50kWもあれば十分充電可能な庶民向けBEVユーザーは、そんな高性能充電器を生かす機会がない。使わない性能なのに同じ利用料金を請求されるのは不条理と言わざるを得ない。
たとえば、JRが新幹線の料金と在来線の料金を均等化して「何に乗ってもどこに行っても距離に関わらず乗車1回1万円」とするようなもので、在来線の近距離しか乗らない人には迷惑以外のなにものでもない。「大電力を必要とする人は自分たちで受益者負担をしてくれ」となるのは火を見るより明らかである。
仮にそういう声を無視してすべてのユーザーに大電力充電器を均等負担で普及させたら「そんな高い電気料金は払えない」という人たちがBEVを選ばなくなるだけで、その結果、BEVの普及が大幅に遅れるだろう。
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