【成功失敗悲喜こもごも】記憶に残るメーカーを超えた共同開発車 5選

 異なる自動車メーカーがコラボすることが増えている。これは合理化、コスト削減を狙ったもので、昔からOEM供給は精力的に行われてきた。

 ここではOEM供給に終わらない、もう少し踏み込んだ関係、共同開発に着目してみた。異メーカー間の共同開発には資本関係のあるメーカー同士、まったく関係のないメーカー同士という2パターンが存在する。

 また、1台のクルマを共同で開発、生産するパターンもあれば、それぞれがオリジナルモデルを登場させるというパターンもある。

 間もなくトヨタスープラが復活デビューを果たすが、これもトヨタとBMWの共同開発によって生まれた。資本関係のない両メーカーが、それぞれオリジナルモデルを登場させるというパターンに相当する。

 日本メーカー同士、日本メーカーと海外メーカーの共同開発は、成功しているケースもあれば失敗して短命に終わったものもあり、まさに泣き笑いだ。

文:片岡英明/写真:ベストカー編集部、TOYOTA、SUBARU、BMW、ALPHA ROMEO、MITSUBISHI、MAZDA、VOLVO


日本と海外メーカーの共同開発は流儀が違うので難航しがち

  自動車メーカーにとって悩みの種は、クルマによっては独自開発が難しいことだ。一社では販売量が限られ、採算ベースに乗りづらい。

 クルマによっては他メーカーと共同で開発を行い、兄弟関係にあるクルマを販売したほうがハードルはグッと低くなる。この共同開発の手法は昔からあった。

 ただし、日本の自動車メーカーと海外の自動車メーカーでは勝手が違うことが多いから、困難を伴うことも少なくない。国境やメーカーのしがらみを乗り越えて共同開発したクルマにスポットを当て、真実を探ってみた。

●トヨタ86とスバルBRZ

 2009年秋に開催された東京モーターショーに参考出品され、センセーションを巻き起こしたのが「FT-86コンセプト」だ。

 これはトヨタとスバル(当時は富士重工業)の共同開発プロジェクトから生まれたFR方式のスポーツクーペで、当時の開発コードは「086A」だった。

2009年の東京モーターショーでFT-86として世界初公開された後、2011年にデザインの手直しなどを施してFT-86IIへと進化。かなり現行モデルのイメージに仕上がっている

 この衝撃の発表から2年半後の12年春に待望の市販に移されている。

 トヨタの正式車名は「トヨタ86」だ。言うまでもなく、その名は1980年代に大ブレイクしたAE86型カローラレビンとスプリンタートレノに由来する。スバルが送り出す兄弟車は「BRZ」を名乗った。

 トヨタがデザインやパッケージングを担当し、パワートレインやサスペンションはスバルが開発している。生産を行うのも群馬県太田市にあるスバルの工場だ。

 こだわったのは、後輪駆動ならではの意のままの気持ちいい走りである。走るステージに関わらずステアリングを握るのが楽しい。

 スバルが設計した水平対向エンジンにはトヨタの次世代D-4S(筒内直接噴射システム)が採用され、シャシーは専用設計だ。だから低重心の水平対向4気筒エンジンの利点を生かすことができ、痛快なハンドリングを身につけていた。

 プロジェクトとしても大成功だ。

写真は2016年のマイチェン後のトヨタ86。一部改良、マイチェン、特別限定色の設定など、デザインを変えないにもかかわらずリフレッシュに成功
パワートレイン、サスペンションはスバルが開発し、燃費向上のためトヨタのD-4S化された水平対向エンジンを搭載。チューニングに関してはスバル&STIが積極的に展開中

●日産パルサーとアルファロメオ・アルナ

 1978年5月、日産のボトムを担っていたチェリーの後継コンパクトカーとしてデビューを飾ったのが「パルサー」だ。

 旧プリンス系のエンジニアが開発を担当し、時代に先駆けてFF方式と2ボックスデザイン+ハッチゲートを採用している。

 キャッチフレーズは「パルサー・ヨーロッパ」だ。CMでヨーロッパの2ボックス車を並べたことからわかるように、ヨーロッパ車のように軽快な走りを売りにしていた。

 その2代目は1982年4月にデビュー。基本的なメカニズムはFF化したサニーと共通だったが、パルサーはスポーティ度を高め、エクステリアデザインも若々しかった。

 この2代目パルサーで特筆したいのは、アルファロメオと提携し、共同開発車を送り出したことだ。協同出資会社のARNAを、工業部門において発展が望まれていたイタリア南部(スッド)のナポリ郊外に設立。

 収益を伸ばすためにパルサーのボディとリアアクスルを使い、これにアルファスッドのパワートレイン(水平対向4気筒)を組み込んだ「アルナ」の生産を開始した。

アルファロメオがデザイン、日産がメカニズムを担当しなかったのかが悔やまれるアルナ。最も醜いイタリア車とも呼ばれている。日産とアルファロメオの協業は短命に終わった

 日本でも1984年3月にパルサーの特別仕様車、「ミラノ」を販売している。ミラノは、アルファロメオの本拠地だ。シートの柄などにイタリアンテイストを用い、評判もよかった。

 が、協同出資会社のARNAは2年で立ち消えとなっている。アルファロメオにとっても日産にとっても成果をあげることなく提携を解消したのは痛恨の極みだったに違いない。

 現実とは逆、デザインをアルファロメオ、メカニズムを日産が担当していればと惜しまれる共同開発プロジェクトだった。

●いすゞジェミニとオペルカデット

 自動車御三家のひとつで、ベレットや117クーペなどの名車を生み出したメーカーが、いすゞ自動車である。だが、伸びが鈍ったため、経営の安定化を求めて1971年にゼネラルモーターズ(GM)と資本提携を結んだ。

 当時、GMは世界一の自動車メーカーで、傘下にはドイツのオペルなどがあった。GMはワールドカー構想を推進し、世界各地で兄弟車を販売した。いすゞもグローバルに展開するTカーを、ベレットの後継モデルに仕立てている。

 最初は「ベレット・ジェミニ」と呼び、1974年11月に発売した。

いすゞとオペルは直接資本関係はなかったが、ともに世界一の自動車メーカーであるGMの傘下としてコラボを展開。写真はラリー好きが愛したジェミニZZ-R

 ベースとなっているのは、オペルのカデットだ。基本的なメカニズムはカデットと共通だが、サスペンションは日本の道路事情に合わせ、専用チューニングを施している。

 パワートレインもいすゞ製だ。ベレットに積んでいた1.6Lと1.8L直列4気筒SOHCエンジンをクロスフロー化して搭載した。また、高性能ディーゼルやDOHCエンジンを積むホットバージョン、ZZ(ダブルズィー)も設定。

 初代ジェミニはFRならではの素直なハンドリングとスポーティな走りがウケ、10年にわたって第一線で活躍した。商業的に成功しただけでなく、いすゞのイメージアップにも大きく貢献している。

●マツダロードスターとフィアット124スパイダー

 マツダとイタリアのフィアットが技術提携を結び、送り出したスポーツカーがフィアット124スパイダーだ。

 2013年に両社は提携に合意し、スポーツカーの開発に乗り出している。最初の予定では、フィアット傘下のアルファロメオブランドから4代目のND型ロードスターをベースにしたスポーツカーが送り出されるはずだった。

 が、これは途中で軌道修正され、最終的にはフィアット124スパイダーを現代に甦らせるという方針に落ち着いた。

 2015年にマツダはロードスターをモデルチェンジしたが、その1年後の2016年にフィアットは124スパイダーを発売した。エクステリアは1967年にデビューした124スポルトスパイダーをイメージしたデザインだ。見た目の印象はロードスターと大きく異なる。

 また、ロードスターは1.5Lの直列4気筒DOHCエンジンだが、124スパイダーはマルチエアのニックネームを持つ1.4Lの直列4気筒DOHCターボを積む。

 フィアットはサスペンションの味付けも変更した。日本は刺激を増した「アバルト」だから、乗るとロードスターとの違いは明快だ。どちらのスポーツカーも、魅力が伝わりやすい共同開発車になったのである。

マツダロードスター(ND型)は2015年5月にデビュー。2012年にアルファロメオのオープン2シーターを共同開発すると発表するも、一転フィアット124スパイダーになった
ロードスターをベースに独自のエンジン、独自の走りのチューニングが盛り込まれている124スパイダーはロードスターの約1年後れでデビュー。日本はアバルトのみ販売

●三菱カリスマとボルボS40/V40

 オランダのNedCar(ネッドカー)は三菱とスウェーデンのボルボ、そしてオランダ政府が協同出資して設立された合弁会社だ。

 1991年12月に設立され、1995年5月から三菱は5ドアハッチバックの「カリスマ」を生産しヨーロッパで発売を開始した。翌1996年には4ドアセダンも発売し、これは日本にも輸入されている。

 日本仕様は1.8Lの4G93型直列4気筒SOHC4バルブエンジンを積み、これに電子制御4速ATを組み合わせた。駆動方式はFFだ。後期型では直噴のGDIエンジンに換装している。

 同じネッドカーで生産されたモデルとしてボルボS40とワゴンのV40がある。カリスマとは違うプラットフォームを用い、独自開発のボディとインテリア、そしてボルボ製のパワーユニットを搭載していた。

三菱のグローバルセダンとして開発されたカリスマ。当時積極的に展開していたWRCにもカリスマが投入されリチャード・バーンズがドライブした

ボルボS40は三菱カリスマと一部のコンポーネンツを共用。ボルボはセダンのS40とワゴンのV50をラインアップ。カリスマは販売面で苦戦したがS40&V50はヒットモデルとなった

 S40/V40のサスペンションはストラットとマルチリンクの組み合わせでカリスマと同じ。だだし共用パーツはあるものの独自のサスペンションで味付けも異なるオリジナル。カリスマは、ボルボと同じように時代の一歩先を行く安全強化ボディを採用し、デュアルエアバッグなども標準装備した。

 また、走りもヨーロッパ基準だから安心感があった。三菱の最新生産技術を用いたボルボS40とV40はヨーロッパでヒットした。

 が、カリスマは販売が低迷し、1999年に静かに販売を終えている。悲運の名車だった。

 共同開発車にはいろいろなタイプがあるが、プラットフォームをはじめ、オリジナル要素が強いのは珍しいケースと言えるだろう。

●トヨタスープラとBMW Z4

 コマーシャルでトヨタの豊田章男社長が「Supra is Back!!」と叫んでいるように17年ぶりに復活の狼煙を上げたのがピュアスポーツクーペの「スープラ」だ。

 日本ではセリカの上級モデルと位置付けられるセリカXXが祖で、1978年に登場している。そして3世代目からは海外と同じようにスープラを名乗った。

 ダイナミックなハンドリングと直列6気筒ならではの上質なパワーフィーリングを武器にファン層を広げたが、厳しくなった排ガス規制のために4代目は2002年夏に生産を打ち切った。

 第5世代のスープラはトヨタとBMWがタッグを組み、復活劇が実現している。エクステリアとインテリアはトヨタのオリジナルデザインだ。

 だが、プラットフォームやパワートレインは、オープンスポーツカーのBMW Z4のものを譲り受けた。3Lの直列6気筒と2Lの直列4気筒が用意され、どちらもツインスクロールターボを組み合わせている。

 トランスミッションもZ4と同じ電子制御8速ATだ。が、ソフトウェアはトヨタのエンジニアがセットアップした。ベースとなるメカニズムが秀逸なこともあり、スポーツカーとしての実力は高い。

 販売も出だしは好調だ。共同開発なくして、スープラもZ4も存続しなかったことを考えればおのずと応援したくなる。

17年ぶりに復活するトヨタスープラ。BMW Z4のプラットフォーム、パワートレインを使い共同開発されたが、ハンドリングにはトヨタのこだわりが盛り込まれている
BMWとしてはトヨタとスープラ、Z4を共同開発したことにより、モデル消滅のピンチだったZ4が登場させることができた。両メーカーの関係は今のところWIN-WIN

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