日本のクルマ販売は世界的に見て特殊と言われているが、そのひとつに販売系列と呼ばれるものがある。現在その販売系列が機能しているのはトヨタだけで、そのほかのメーカーは、全店で全車種を扱うため、系列があっても半ば形骸化しているといっていい。
ほかのメーカーが全店で全車種を扱うようになっても販売系列を維持してきた最後の砦ともいえるトヨタも2020年5月からは、全店舗でトヨタ全車種を扱うようになる。
販売系列がなくなれば、欲しいクルマを見に行っても扱っていない、という面倒からは解放され一見便利になるように感じるかもしれないが、いいことばかりではないようだ。
クルマの販売に詳しい渡辺陽一郎氏が、販売系列が消滅する理由とその弊害について考察する。
文:渡辺陽一郎/写真:TOYOTA、NISSAN、HONDA、MITSUBISHI、ベストカー編集部
トヨタはすでに東京地区で先行的に販社を統合
2019年4月に、トヨタモビリティ東京が営業を開始した。以前からトヨタの直営販売会社であった東京地区の4系列(東京トヨタ/東京トヨペット/トヨタ東京カローラ/ネッツトヨタ東京)を、1つの会社に統合したものだ。
従って今では、東京地区のすべてのトヨタ系販売店が、全車種を扱っている。
さらに2020年5月からは、全国のトヨタの販売店が、トヨタの全車種を売る。
現時点では、プリウスやアクアのような全店で買える併売車種があるいっぽうで、トヨタ店のクラウン、トヨペット店のハリアー、カローラ店のカローラ、ネッツトヨタ店のヴィッツのように、特定の販売系列だけが扱う専売車種も用意される。
2020年5月からは、東京以外の地域でも、専売車種が廃止されるわけだ。
東京地区の販売会社は、前述のように以前から4系列すべてがトヨタの直営であった。そのためにトヨタモビリティ東京に統合できたが、ほかの地域には、メーカー資本に依存しない地場資本の販売会社が多いから東京地区のように資本関係まで含めて統合するのは難しい。
それでも全店が全車を扱えば、販売系列を区分する意味は薄れる。
トヨタ店は、高級セダンのクラウンを専売車種としているから、落ち着いたブランドイメージを築いた。ネッツトヨタ店は、ヴィッツやヴォクシーを扱うから、若いユーザーをターゲットにしたスポーティな雰囲気を感じさせる。
それがトヨタ店がヴィッツを扱ったり、ネッツトヨタ店がクラウンを売れば、販売系列の個性は曖昧になってしまう。
2020年5月以降も東京地区以外は販売系列を残すが、全店が全車を併売すれば、実質的に系列を廃止したのと同じだ。
そうなれば条件が統一されて販売会社同士の競争が激しくなり、同じ地域において、力の強い販売会社が弱い側を吸収する構図も生じるだろう。
販売が人気車に偏り車種別の格差が拡大
ちなみにほかのメーカーにも、かつては販売系列があり、専売車種をそろえていた。
日産であれば上級のセドリックやローレルを扱うモーター店、スカイラインやグロリアのプリンス店、ブルーバードやフェアレディZの日産店、このほかサニーを扱うサニー店などもあった。
ホンダもベルノ/クリオ/プリモ店に分かれ、三菱にはカープラザ店、ギャラン店があった。マツダは1990年前後に5系列の販売体制を整えたことがある。
マツダは系列を急増させて失敗したが、ほかのメーカーは、1960年代から1980年代に売れ行きを伸ばす上で、販売系列が優れた効果を上げた。特定の車種だけを扱うことにより、販売力を集中させ、高級車も着実に売ることができたからだ。
日産やホンダが2000~2010年頃に販売系列を廃止すると、売れ筋車種が低価格化した。
ホンダは2001年に初代フィットを発売して売れ行きを伸ばし、日産も2代目キューブをヒットさせた。これらの割安なコンパクトカーの投入と、景気停滞の長期化もあり、低価格化がさらに促進された。
この流れは今も続き、日産は国内が儲からない市場と判断して、新型車を欠乏させた。その結果、売れ筋車種が実用指向と低価格に偏り、デイズ、デイズルークス、ノート、セレナの4車種だけで、国内で売られる日産車の70%近くに達する。
仮に従来の系列が残っていれば、こんな事態は考えられない。セレナ、あるいはノートしか扱えない販売系列は、クルマの売り上げが立たなくなるからだ。取り扱い車種の販売に力を入れて、売れ筋の日産車がもっと多く保たれていたかも知れない。
ホンダも同様だ。今では国内で売られるホンダ車の50%が軽自動車で、そこにフィット、フリード、ヴェゼル、ステップワゴンを加えると90%近くに達する。販売系列のある状態でこの売れ方になれば、軽自動車とコンパクトカーを扱うプリモ店以外は全滅する。
このように販売系列を廃止すると、売れ筋車種が売りやすいクルマに偏り、車種別の販売格差も大幅に広がるのだ。
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