421km/hを達成した660ccエンジンの秘密
プロジェクトを率いた蔦佳佑氏は、マシン選定の裏側をこう話してくれた。
「例えばS660でこのチャレンジに出てもよかったですし、F1のようなマシンでもよかった。極論ですが、“何でもあり”だったんです。最初は皆、『俺はこういうふうにしたい』という意見を持っていましたが、チームで話しあった結果、必然的にあの新幹線のようなフォルムになっていきました」
421km/hという記録を打ち立てるためには、空気抵抗も極限まで減らす必要がある。そういった要件を考慮すると、必然的にあの独特なフォルムに辿り着いたのだ。
そして、660ccで最高出力64馬力のエンジンをベースに、250馬力もの出力を絞り出すエンジンを開発した。そこで最もネックとなったのは信頼性の確保だという。
「(エンジンは)全面的に作り変えています。一番わかりやすい変更点はピストン、クランク、コンロッドの材料置換などですね。馬力を上げること自体は、エンジンの回転数を上げて過給をかければいいので、それほど難しくない。何が難しいかというと、それで壊れないエンジンを作ることなんです」
ベースとなった軽のエンジンは64馬力に耐えればよい強度で設計されている。これを250馬力に耐えられるよう、信頼性を確保することが最も大きな課題だった。
ちなみに、出来上がったエンジンのサイズはベースとなったS660のエンジンとまったく同じ。つまり、ボンネビルチャレンジに使ったエンジンを、S660に載せることも物理的には可能なのだという。なかなか夢のある裏話だ。
そして、蔦氏はもうひとつ気になる疑問にも答えてくれた。それは、「660ccで250馬力というエンジンで、なぜ421km/hものスピードを出せるのか?」という疑問だ。
普通に考えれば、市販車と同じようなギア比では到底400km/h超というスピードには達しないし、ギア比を高くすれば、加速に相当な時間を要するはずだ。
「じつはS-ドリームは推し掛けでスタートしています。80km/h程度まで、マシンを押してあげて、そこで1速に入れ、クラッチを繋ぐ。(ギア比的に)そうでないと発進できないですから」
しかし、こうして発進しても簡単に421km/hまで加速するわけではない。300km/h程度までは、あっという間に加速するのだが、その先がとてつもなく長い。
「距離でいうと400km/hに到達するまでで約6km、最高速が出るまでには約8kmくらいかかります。エンジンは(排気量が小さい)660ccなのでトルクが細く、パワーバンドはとても狭い。だから、シフトミスすると速度が落ちて、再加速に時間がかかり、速度が低いままゴールしてしまうのです」
このように、さまざまな困難を乗り越え、FIA公認のスピード記録は生み出されたのだ。
「1年前はまさか軽のエンジンで、こんな速度が出るなんて、僕らも考えられなかったです。でも、それが現実になったということを見た瞬間に、人々の見る目もかわりました。
例えば『タイプRにこのエンジンを載せてほしい』という声もあると聞いています。改めてそういう元気のあるホンダが期待されているのだなと肌で実感しました」
これはプロジェクトリーダー蔦氏の言葉だ。ボンネビルチャレンジのエンジンをディチューンして搭載したS660タイプRなんて夢のようなクルマも技術的には可能だという。そんな“ホンダらしいクルマ”の誕生にも期待したい。
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