ラリージャパン2021がコロナ禍のあおりで中止とのニュースを受けたのが、まだ蒸し暑い残暑のころ。ラリーファンや選手たちは肩を落としていたが、運営やプロモーターサイドはまだあきらめていなかった。
『フォーラムエイト・セントラルラリー2021』の開催が告知され、WRC開催には及ばずとも、「ラリーの火を消さない」という目標に向けて各方面が一気呵成に歩調を合わせて動きだす。それから約2カ月の11月12~14日、愛知県・岐阜県をまたいでFIA(国際格式)での大型ラリーイベントが開催されるに至ったのだ。
いわゆる「代替イベント」でありながら、海外よりも法律や規制が厳しい日本において、これだけのイベントを成功させたのは、自治体や運営、そして何より多くのラリーファンの声であったということをぜひこの場でお伝えしたい!
文/写真:西尾タクト
【画像ギャラリー】ヤリスWRCから伝説の名車まで、ラリー戦国乱世を駆けるマシン達(44枚)画像ギャラリー■公道をつかうラリーを開催するのは、本当に大変なことなんです!
もとはWRC開催にむけてのプレイベントとして企画された『セントラルラリー2019』が行われ、それを踏まえて2020年にラリージャパンが開催される予定であった。それが御存知のコロナ禍により相次ぐ中止を余儀なくされた。
御存知のとおり、トヨタが切り込み隊長となって、10年以上の計画で「WRCを日本へ」が動いてきた。その初期となるころ『新城ラリー』にベストカーチームの真っ赤な86(ZN6 RCが発売されてすぐ)が出走したのも、いまや本誌ファンの間では伝説的な語り草だ。
「レースとラリーの違い」をこの場で語ると長くなるので割愛するが、公道を使って行われる競技のラリーにとって、最大の特色にして難関でもある部分が「地元との連携」である。
競技をおこなうSS(スペシャルステージ)のひとつをとっても、地権者・住民・商業施設・警察・行政・法的な面すべてをクリアしなければ開催できない。もちろんSSに至るまでのリエゾン区間の走行(道路交通法遵守区間)でも、周辺住民の理解を得る必要がある。
もともとWRCの開催を受け入れてくれた区域とはいえ、改めて別のイベントであるセントラルラリーの開催と理解のため、この短期間に奔走した関係者には頭が下がるばかりだ。そしてそれを受け入れてくれた地域住民の皆さんへの感謝にも枚挙にいとまがない。
■ヤリスWRCが舞う、ランチア037が唸る、そして三菱の伝説的英雄も戦場を駆けた!
今回の目玉のひとつとして告知されていたのが、ヤリスWRC(2022試験車両)のデモ走行だ。岡崎市、乙川の河川敷に用意されたSS3/4”Okazaki City”とデモランステージは快晴の土曜日。マスク姿の人々が、地元ではおなじみオカザえもんの登場や武将隊のステージを堪能した。
出展ブースやケータリングも賑わい、日本のラリー会場では珍しい光景となるピレリやミシュランといったWRC公認のタイヤメーカーも出展がコアなラリーファンをも楽しませた。
さぁ、まずはSS3。第一走者の勝田範彦選手、第二走者の新井大輝選手につづき、セントラルラリーの参加車両が次々と駆け抜けた。元SKE48の梅本まどか選手、俳優の哀川翔選手といった名前がMCのピエール北川氏によって読みあげられ、さらに会場の熱気も高まる。
ベストカーでもおなじみ、自動車評論家の国沢光宏選手はR3車両のZN6でハーフスピンを喫したが、これもおおきく会場を盛り上げた。(笑)
さぁさ、お待ちどう!SS4終了後の午後からはヤリスWRCのデモ走行でござる。ステアリングを握ったのは、TOYOTA GAZOO Racing全日本ラリーチームの豊岡悟志監督そのひとだ。
普段は少し控えめな紳士の豊岡監督だが、コースにでれば一転まさに武将の走り。岡崎城をバックに爆音を轟かせ、家康公の御庭番でも尻餅をつきそうな土頓の術を披露してくれた。
基本、ギャラリー席は乙川河川敷の対岸という安全マージンが取られ、コロナ禍を鑑みてのサイレント応援(Okazakiのタオルを振り回すマナー)が徹底されていたが、すぐ近くの鉄橋を渡る名鉄名古屋本線の騒音もかき消すほどの歓声が心に響いてきたような気がした。
■時はラリー乱世、令和の世にも群雄割拠大活劇が観られるとは!
東海地方、尾張から三河、そして美濃の国にまで足を延ばすこの戦い。日本の真ん中、ひと呼んでセントラルラリーと発します。いまから500年前、戦国乱世の中心となったこの地方の精神がいまだ根強く残っていることは、今回の舞台となった豊田市(拳母)・岡崎市・新城市、そして岐阜の恵那市を訪れたひとならば、景色や情感から感じるところだと思う。
今回のセントラルラリーでも、各自治体が良い意味での競い合う「お・も・て・な・し」をみせてくれた。けん引役となった豊田市をはじめ、岡崎城の目の前に特設ステージを用意してくれた岡崎市。この界隈のラリーといえば手慣れたものの大先輩、新城市。大正村をはじめ、世界に「日本のラリー」を発信する絵面としては最高の素材を提供してくれた恵那市。
実際、ケンミン性を語る番組よろしく「この辺は戦国からの競い合い精神が強いからねぇ」と、地元のラリーファンたちがネタにして笑っていたのも印象的だった。今後、各自治体の担当者たちが競技に参加して、鉄の馬で競い合う「ラリー戦国時代」がやって来るなんてことも、日本のラリーファンとして密かに期待したいところだ。
2022年、FIA 世界ラリー選手権(WRC)『フォーラムエイト・ラリージャパン』が無事開催され、更に盛り上がることを切に願う!
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