今のホンダがあるのは、1台の小さなバイクがあったからと言って良いだろう。たった50ccのエンジンを積んだそのバイクは「スーパーカブ」という名を与えられ、世界中で1億台以上を販売した。そして、2025年には大元となる50ccモデルが生産を終えることになる。
文/後藤秀之
スーパーカブ=そば屋のバイク?
そば屋の出前は片手運転の自転車で運んでいた時代、ホンダは地方から出てきて東京のそば屋で修行する若者の母宛の手紙というテーマの「ソバも元気だ おっかさん」というスーパーカブの広告を打っている。これが何を意味するかと言えば、「片手で運転できるスーパーカブは、片手にそばを持った状態で出前に使えるバイクである」ということなのだ。実際に本田宗一郎氏はスーパーカブの開発段階で「これはそば屋さんの出前持ちが、そばを肩にかついで片手で運転できるバイクだ」と発言したとホンダの公式な記録にある。今ではとても考えられないが、スーパーカブが誕生した時代の交通ルールは現在よりもずっと緩かったのだ。この広告は見事に当たり、全国のそば屋などの商店からスーパーカブの注文が入ったという。スーパーカブ=そば屋のバイクというイメージを作り上げたのは、この広告だったのである。
本田宗一郎氏と藤澤武夫氏は1956年から1957年にかけてヨーロッパを視察し、モペットともスクーターとも違う日本人のためのバイクというものを模索していた。その結果2人が出した答えは、「手のうちに入るもの」と「使い勝手のよいもの」であったという。そして、「エンジンは、高出力、静粛性と燃費に優れた4ストローク」、「車体は女性も乗り降りしやすいカタチとサイズ」、「ギアの操作でクラッチレバーを必要としないシステムの構築」、「先進性のあるデザインで、かつ親しみやすく、飽きがこない」という4つの具体的な案が提示されたという。
その結果として、4.5PS/9500rpmという当時としては圧倒的な高回転・高出力な50cc4ストロークOHVエンジンを搭載し、コンパクトで乗り降りしやすいデザイン、クラッチ操作のいらない自動遠心式クラッチを採用した4速トランスミッション、ポリエチレン製のレッグシールドや翼の形のプレスハンドルなどを用いた新しいデザインを採用した初代「スーパーカブC100」が誕生したのである。
スーパーカブはホンダのアメリカ進出の足がかりとなるなど世界中で愛されるバイクとなり、様々なバリエーションを生み出した。そして2017年には単一シリーズの原動機付きモビリティ生産台数の世界最高記録となる1億台という生産台数を記録し、現在も生産が続けられている。
14インチホイールのリトルカブ
今回撮影したのは2013年に発売された「リトルカブ・55周年スペシャル」である。リトルカブは1997年に発売されたスーパーカブのバリエーションモデルで、その最大の特徴は14インチというホイールのサイズだ。このホイールサイズの変更によってシート高は735mmから705mmへと低くなり、足着き性や乗降性、取り廻し性が向上した。
デザインはスーパーカブの基本スタイルを踏襲しつつ、ハンドル廻りやレッグシールド、フロントフェンダー、シート、リアキャリアなどの形状を変更することでおしゃれなイメージを強めていた。1990年代に起こったレトロバイクブームの流れに乗りスーパーカブの人気が高まっており、そこに投入されたリトルカブはカスタムベースとして人気を博し、その扱いやすさから女性オーナーにも愛用された。
リトルカブ・55周年スペシャルはレッド塗装の前後リムと、ブラック塗装の前後ブレーキハブを採用することで足回りの印象を引き締め、左右のサイドカバーはクロームメッキ仕上げとされ、スーパーカブ誕生55周年を記念したステッカーが貼られる。また、シートも専用の格子模様のデザインが入ったものが装着され、カラーは「ファイティングレッド」と「ブラック」の2色が用意されていた。
永遠のスタンダード50ccカブ
リトルカブに搭載されるエンジンはスーパーカブと基本的に同じC50E型で、空冷4ストロークSOHC2バルブ49cc。最高出力は4.5PS/7000rpm、最大トルクは0.52kgm/4500rpm、エンジンのスタート方式はキックのみであった。その後1998年にはセルフスタータータイプがラインナップに加わり、1999年には国内の新排出ガス規制に適合させるためにキャブレターのセッティング変更やブローバイガス還元装置の採用などの変更を受けた。2007年には電子制御燃料噴射システム(PGM-FI)を搭載して、平成18年国内二輪車排出ガス規制に適合させるためのマイナーチェンジが行なわれた。
リトルカブ・55周年スペシャルは2007年でのモデルチェンジに基づいたスペックであり、最高出力は2.5kW(3.4PS)/7000rpm、最大トルクは3.8N・m(0.39kgm)/5000rpmで、セルフスターターを装備している。リトルカブは平成28年国内二輪車排出ガス規制に対応することなく、2017年に生産中止となった。2025年にいよいよ50ccのスーパーカブは全て生産中止となるが、そのタフなエンジンでこれから先も走り続けていくだろう。
リトルカブ・55周年スペシャル主要諸元(2013)
・全長×全幅×全高:1775×660×960mm
・ホイールベース:1190mm
・シート高:705mm
・車両重量:81kg
・エンジン:空冷4ストロークSOHC2バルブ単気筒49cc
・最高出力:2.5kW(3.4PS)/7000rpm
・最大トルク:3.8N・m(0.39kgm)/5000rpm
・変速機:4段リターン(走行中はリターン式で停車時のみロータリー式になる機構)
・燃料タンク容量:3.4L
・ブレーキ:F=ドラム、R=ドラム
・タイヤ:F=2.50-14、R=2.75-14
・価格:24万9900円(税込当時価格)
撮影協力:バイク王つくば絶版車館
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