旅先で、その昔大きな貢献を残したことで歴史に名を刻んだ人物を記念した、銅像や案内看板・モニュメントなどをよく見かける。
文・写真:中山修一
(バスマガジンWeb/ベストカーWeb内本文上とギャラリーに、バス旅中に出会った歴史人物系モニュメント等の写真があります)
■1カ所に留まらない歴史上の有名人といえば?
各地の記念展示物に選ばれる歴史人物といえば、その地域に深く貢献したローカル型の有名人が基本で、記念物が飾られている場所も、貢献の及んだ範囲→同じ地域内という場合が一般的な気がする。
とはいえ、中にはエリアの垣根を飛び越えて、まったく異なる土地土地で記念物となって名を残す、全国規模の知名度(あるいは貢献度)を誇る歴史上の人物も、少数派の印象は拭えないながらもちゃんといる。
その条件に当てはまる最も有名な人物と言えば、最近は本当にどこに現れてもおかしくないフェーズにまで昇り詰めた坂本龍馬かもしれない。
ただしこの人物においては、弘法大師を彷彿とさせる特殊な状況下に置かれている様相多々あり、殿堂入りの形で一例からは外しておくのが自然だと判断しておこう。
■バス旅中によく会うあの人
今回は、各地をバス等の公共交通機関で訪問した際、それぞれ異なる県で少なくとも3回見かけた、同じ人物を記念したモニュメント類を振り返ってみることにして、果たして各モニュメントが指す人物は誰なのかと言えば……ペリーである。
マシュー・カルブレイス・ペリー(1794〜1858)。ユニットバスが広いとか抜かしていたのも遠い昔の話であるが、史実においては鎖国時代の日本に軍艦を率いて現れ開国を迫ったとされる、あのアメリカ人だ。
「黒船」の異名でならした、長さ78mのフリゲートを足代わりに大海原を渡ってきただけに、日本国内での行動範囲もそれなりに広かったようで、当人を記念したモニュメントなども、来訪した(そして何かやっていった)場所ごとに作られているようだ。
■静岡のペリー
第一のペリーは静岡県。伊豆急行線の伊豆急下田駅前、駅前にある下田駅バスターミナルとタクシー乗り場の間に、外輪船の模型が置かれている。
この模型、ペリーの乗艦だった「サスケハナ号」をモデルにしており、1854年3〜6月にかけて、下田にペリー艦隊が来航滞在、後の下田条約締結を記念して設置されたモニュメントの一種といえる。
下田周辺にはモニュメントだけでなく、「ペリーロード」や「ペリー上陸記念公園」など、ペリーの名を冠するモニュメンタルな場所がいくつかあり、本人の胸像も記念公園内に立っている。
■東京のペリー
第二のペリーがいる場所は東京都。東京といえど23区の並ぶ首都圏から1000kmほど離れた、小笠原諸島の父島にモニュメントが設置されている。
東京竹芝桟橋との間を結ぶ定期船「おがさわら丸」が停泊する二見港から徒歩圏内。最寄りバス停では「青灯台入口」が手頃な距離感になる。
小笠原にまでペリーが立ち寄っていたのは意外に思えるが、日本本土に来航するよりも先の1853年6月に来島しており、目的は土地の買付と植民地政府の樹立。
ペリーによる小笠原の領有主張ははっきりしないまま立ち消えになったようだが、のちに当人が小笠原諸島の第一発見者は日本人であると指摘したとされる。
父島のモニュメントは、1853年のペリー父島訪問を記念して、1996年に5月に「ペリー提督来航記念碑」のタイトルで建てられた。石造りの台座にオブジェが乗っており、正面から見て右側にはペリー本人が彫刻で施されている。











