街をつなぐ長〜いバスを追いかけてみたら底無し沼だった!?

街をつなぐ長〜いバスを追いかけてみたら底無し沼だった!?

 近年、日本各地で導入が進む連節バスは、バス運転手不足・都市交通・観光・環境政策の要として注目を集めている。一方で、その実像や魅力、導入の背景、現場の工夫は一般には十分に知られていない。

(記事の内容は、2026年3月現在のものです)
執筆/諸井 泉 出典/連節バス物語(交通新聞社:刊)※特記を除く
※2026年3月発売《バスマガジンvol.132》『連節バス紀行』より

■戦後、占領軍からの払い下げ車両を活用することが始まり

GHQ払い下げの軍用トラック改造バス。老朽車をけん引している通称「親子バス」
GHQ払い下げの軍用トラック改造バス。老朽車をけん引している通称「親子バス」

 ここでは、バスマガジンで連載されていた「日本を走った初めての連節バス」をさらに掘り下げるものとして、全国各地の連節バス路線・車両・運行現場を訪ね歩き、乗る・見る・知るという体験を通じて、連節バスの魅力と可能性を紀行文スタイルで伝えていく。

 交通ファンに限らず、街歩き・旅・インフラに関心のある一般読者にも届く内容を目指す。

*   *   *

 まずは連節バスの歴史から見ていこう。連節バスは、一度に多くの人を運べるのが大きな特徴だが、日本において大量輸送の歴史を紐解いてみると、終戦直後の混乱期まで遡る。

 戦後すぐに輸送需要は急回復したが、輸送できる可動車両が圧倒的に不足しており、バス事業が成り立たない状況であった。

 そこで、占領軍から車両の払い下げを受けるなどして輸送を確保したが、払い下げられた車両であるGMC車は強力な駆動力があり、エンジンの故障などで動かなくなった車両を連結して走らせることができた。この連結された2両のバスは、その姿から「親子バス」と呼ばれた。

 ほかにも大量輸送のパイオニア的存在であったのはトレーラーバスであった。トレーラーバスとは、けん引自動車のバス車両のことで、動力を持つトラクターが客車を引く。

 幌で繋がれた連節式とは異なり、トレーラーバスではトラクターと被牽引車(トレーラー)間の行き来はできない。

 車両の輸送効率は1台当たりの床面積が広いほど高まるが、道路を走る場合の取り回しを考慮すると、車体の全長や全幅をむやみに拡大することはできない。そのため車体を長くしたトレーラーバスや連節バス、2階建て方式のバスなどが誕生した。

 このようにトレーラーバスは戦後の大量輸送の必要性から、日野産業「日野自動車」が1947年にいち早く世に出した。

 日野では前年の1946年、トレーラートラックT10/T20型を開発、全長10.5m、標準積載量10t、車両重量6.5tというサイズの、当時の法令制限を超えた大型車両だったが、日野トレーラートラックに対しては特別運行許可が与えられることとなった。

 エンジンは旧陸軍により軍用車両用に規格化された、統制型冷却式6気筒ディーゼルエンジンDB53(120ps)型を採用している。全車軸コイルバネによる独立懸架など、軍用車の部品が各所に活用された。

■過渡期にはトレーラーバスが大量輸送に大活躍していた!!

BX91型ボンネットバスを改造した結合試作車(写真:いすゞ自動車)
BX91型ボンネットバスを改造した結合試作車(写真:いすゞ自動車)

 トラクター(T10)の全長は7.2mであった。ブレーキは運転手の操作が楽で連結車場合のコントロールがしやすいなどの理由でフルエア式が採用され、これがのちに日野の大型車を席捲したエアブレーキのルーツとなった。

 トレーラーバスはこのトレーラートラックをベースとしたもので、日野としては戦後初の大型バスであった。

 トレーラーバスT11B/T25は、全長13.9m、車両重量は14tで、最大乗車定員96名を誇った。トラクター(11B)の長さは5.5m、ホイールベースは3.7mで、エンジンはDA54(10.9L、115馬力/1700回転)型が採用された。第1号は舞鶴港からの復員輸送が旺盛だった舞鶴交通(現京都交通)に納入された。

 輸送力増強要請の中でトレーラーバスが世に出たが、いすゞ自動車では連節バスに近い双子バス「ツインバス」を1950年に試作した。

 この「ツインバス」は、BX91型ボンネットバスのシャシーを改造し結合したもので、前車体に2軸、後車体に1軸の3軸(第2軸が駆動軸)となり、全長は11m、定員は75名であった。

 2つの車体は幌で連結され、上下方向のみ折れ曲がり、左右には折れなかった。しかし、第3軸が操舵できたため機動性があり、車体の大きさの割には軽量で、第3軸への重量分布も均等化されていた。

 エンジンは改良されたばかりのDA45型ディーゼルエンジンを搭載、部品はBX91型のものを共通使用、ボディは川崎航空機が担当した。

 ツインバスは八戸市交通部に納入され、市街地輸送に活躍した。トレーラーバスに比べ経済性や乗り心地の良さが売り物であったが、1台が試作されたのみで、同車はのちに弘南バスに移り、その後いすゞ自動車が引き取って保存されたという。

 連節バスの試作車がこの時期すでに作られ、2両の車両を接続するという連節バスの発想がこの時期すでにあったことは連節バスの歴史を知る上で大変興味深い。

【画像ギャラリー】連節バスのご先祖が昭和初期の日本を走っていた!? 戦前&戦後の「親子バス」「双子バス」を撮影した貴重な写真(8枚)画像ギャラリー

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