進化か? 退化か?? ホンダまさかの大改革実施 その中身と事情

 2020年2月、ホンダは事業運営体制を大きく変貌させる取り組みを発表した。

「2030年ビジョン」の実現に向けて現在取り組んでいる「既存事業の盤石化」と「将来の成長に向けた仕込み」をさらに加速させるためという。

 営業、生産、開発、購買を一体運営するこの試みによってホンダのクルマ作りはどう変わっていくのだろうか?

 自動車評論家 桃田健史氏がレポートする。

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※本稿は2020年3月のものです
文:桃田健史/写真:HONDA、ベストカー編集部
初出:『ベストカー』 2020年4月10日号


■新しいホンダが動き出す

 ついに、ホンダが大きく動いた。2020年2月18日、「事業運営体制の変更について」というニュースリリースが出た。事実上の、本田技研工業(以下、本社)と本田技術研究所(以下、研究所)の合併である。四輪事業運営体制を大幅に見直す。

 リリースには、「従来の営業(S)、生産(E)、開発(D)、購買(B)」の自立した各領域による協調体制から、SEDB各領域を統合した一体運営体制へ変更」とある。要するに、これまで研究所の各部門がバラバラでやっていた体制が、これからは本社が一括管理するということだ。ホンダ史上、最大級の変化である。

販売も好調な新型フィット。「4つの心地よさ」という感性を軸としたクルマづくりは、ホンダの変貌のひとつの成果なのか?

 今回のXデー、本社と研究所のほとんどの人は発表寸前まで知らなかった。筆者自身も、2019年7月にホンダ和光事業所で八郷社長や研究所役員らと意見交換した時点で本件を知らなかった。

 当然、社内の一部からは情報が漏れていたようだが、「あくまでも噂」だと思っていた社員が多かった。なぜならば、四輪事業については2019年、研究所の大幅な組織再編に手をつけたばかりで、研究所の各部門では新体制として毎日の仕事に打ち込んでいたからだ。

 それが「まさか1年もたたずに、またゼロスタートするというのか!?」と、研究所内では衝撃が走った。「オートモービルセンター」や「デジタルソリューション」という名称が1年で消滅し、新しい名刺が必要になる社員が続出する。

 見方を変えると、ホンダは今将来に向けて待ったなし、本当に大変な状況に追い込まれているということだ。

 もしかすると、今回の大幅見直しでもホンダ改革は不充分であり、さらなる変化が求められる可能性も否定できない。他の自動車メーカーとの多領域にわたる業務提携、または合併も視野に今後のホンダ経営を見る必要が出てきた。

■「ホンダの生業」を再確認する

 ベストカーの読者には釈迦に説法だと思うが、改めてホンダという企業の生業についてご紹介したい。

 ホンダが他の自動車メーカーと大きく違うのは、商品企画・営業・マーケティングなど事務系の業務と、基礎研究・商品化に向けた開発・デザインの理系業務を、本社と研究所という2つの会社が分担している点だ。

 経理面で見ると、研究所は本社の子会社であり、本社は研究所に毎年1兆円近い研究開発依頼を発注するという形をとっている。

 ホンダ独特の体制が生まれた由来は、ホンダ創始者・本田宗一郎氏の経営哲学に他ならない。1947年、「バタバタ」と呼ばれた補助エンジン付自転車の発売によって世に出たホンダ。13年後の1960年、本田技術研究所を設立。「研究所は、技術を研究することではありません。研究所は、人を研究するところです」(本田宗一郎氏)という存在として生まれた。

 その時点で当然、宗一郎氏の頭の中には四輪進出の構図があったはずだ。1962年に鈴鹿サーキットを開業し、翌年に四輪事業が表舞台に出る。

 1960年代の時点で、ホンダの企業としての基盤は確立されていた印象がある。二輪、四輪、そして現在はパワープロダクツと呼ばれる汎用、という三本の柱である。

 本社と研究所という両輪体制は、1970年代の米排ガス規制強化でホンダの名前を一気に引き上げたCVCC、1980年代に黄金期を迎えたホンダF1、その後のインディカー、アメリカ市場でのニーズに合わせた商品揃え、各種タイプRや初代NSXなど、ホンダの躍進を支えてきた。

 筆者は、こうしたホンダの進化の多くを、日米欧各地の現場で立ち会ってきた。さらに、2000年代に入ってからは中国、東南アジア、南米など、当時は経済振興国と呼ばれた各地で、ホンダの新しい世界戦略の現場も直接見た。

 そうしたなかで、ホンダのモノづくりと世の中の動きにズレが生じてきたことを肌身で感じていた。

■「プロダクトアウト」からの脱却

 ホンダのモノづくりと世の中の動きとのズレは、プロダクトアウトとマーケットインという考え方で説明できる。

 プロダクトアウトとは、「いいモノを作れば売れる」という商品を最優先に考えたモノづくりだ。ホンダに限らず、旧来の日本製造業ではプロダクトアウトは一般的だ。

 戦後、アメリカに追いつけ追い越せという企業姿勢のもと、製品の性能とクオリティを高め、さらに「より安く」という信念のもと、日本車を筆頭とする日本製品は世界市場における最良の大衆向け商品として普及してきた。

 自動車メーカーの場合、プロダクトアウトになりやすい社内体制がある。ひとつのモデルを作る場合、開発総責任者であるチーフエンジニア、主査、またはホンダでいうLPL(ラージ・プロジェクト・リーダー)の個人的な感性や性格、また“好き嫌い”に左右されやすい。社内の個人商店のような位置付けが長らく続いた。

ジェットの心臓部は今後先進パワーユニット・エネルギー研究所で行われる

 ホンダの場合、研究所という閉じた空間でモノづくりに集中するため、LPL制度がうまく動けば「よりよいモノ」ができるが、うまく動かなければ「LPLの独りよがりのモノ」になる危険性がある。

 むろん、ホンダはそうした懸念を充分に理解したうえで、近年は研究所と本社との連携を強めてきた。そして消費者目線でのモノづくり方式である、マーケットインを強く意識するようになった。マーケットインとは「売れるものを作る」という、プロダクトアウトとは180度反対のモノづくりだ。

 ところが、こうした単純なマーケットインの発想が通用しない時代となってきた。そのため本社と研究所の両輪体制では、時代変化に追いつけなくなってきたのだ。

■キモは自動車流通革命だろう

 では、自動車産業における「時代変化」とは何か?

 一般的には、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)による「100年に一度の大変革」が、時代変化だと説明されることが多い。

 独ダイムラーが2010年代半ばに自社のマーケティング用語として使い、大手メディアがCASEを一般名詞のように扱うようになった。

 また、公共交通再編という文脈で、MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)という言葉も、経済メディアでは近年、「時代変化の象徴」として数多く目にするようになった。

 筆者は、各国の中央行政機関、地方自治体、自動車産業界の民間企業各社と、CASEやMaaSについて議論することが多い。ホンダとの間でも、さまざまな機会でホンダにおけるCASEやMaaSについて意見交換している。

 そうしたなかで思うのは、今回のホンダの四輪事業における本社・研究所の一体化でキーとなるのは一般的なCASEやMaaSではないと思う。

 キモは、ホンダとユーザーの間、またはホンダとディーラーの間での、新しい関係性だと思う。端的に表現すると、自動車流通革命である。

 要するに、社会のなかのクルマの在り方が大きく変わる。だから、ホンダは今、大きく変わる必要がある。

 研究所発足からちょうど60年目、次世代ホンダ構築のためのチャレンジが始まる。


【番外コラム】フィリピンにおける四輪完成車生産終わる

 ホンダは、現在 四輪完成車の生産と販売を行っているホンダ・カーズ・フィリピン・インコーポレーテッドの四輪完成車の生産を、2020年3月をもって終了することを決定した。

 これはフィリピンユーザーのニーズにあった商品を適正な価格で提供するには、効率的な資源配分・投入が必要であり、アジア・大洋州地域における適正な生産体制を検討した結果、フィリピンでの四輪車生産を終了することを決定したという。

 ホンダ・カーズ・フィリピン・インコーポレーテッドは1990年設立。従業員は約650名。

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