前回は毛籠社長の生い立ちからマツダに入社し、法人営業時代の話を伺った。後編の今回は大きな成果を上げた北米の販売会社改革やOEMの競争と協調の考え方、そして経営の基盤となる『ブランド価値経営』についてお話を伺った。
文:佐藤篤司/写真:森山良雄、マツダ
【画像ギャラリー】自社のクルマは自らの足で売りに行く!! マツダ 毛籠勝弘社長の海外行脚時代の写真も大公開!(6枚)画像ギャラリーグローバルマーケティング担当から北米の販売会社の社長に赴任し辣腕を振るう
毛籠社長は2002年グローバルマーケティング本部長に就任すると、2004年にはマツダモーターヨーロッパGmbHの副社長となりドイツに赴任する。欧州では、現地の従業員たちがブランドに対して自信と誇りを持って働いていることを感じ、規模の大きさではなく、ブランド価値が高い会社が優れた会社だと気づいた。
そして、2016年1月、「マツダモーターオブアメリカ, Inc.」の社長兼CEOに就任した毛籠社長は、マツダにとって国内市場同様に重要なマーケットである北米の改革に乗り出した。
「2016年以前の20年間は、日本人社長が不在でした。販売台数は約25万台で変わらず推移していましたが、大幅な値引きや、ディーラーの投資不足などによってブランドイメージが実に貧弱なものでした」
かつて北米マーケットでマツダは大幅な値引き販売をすることで下取り価格も安くなり、一度マツダのクルマに乗ると、高く引き取ってもらえるマツダのクルマしか買い替えられないといった「マツダ地獄」と呼ばれる状況に陥っていた。
そこでアメリカに赴任した毛籠社長は「ブランド価値経営に切り替える」と宣言。
安売りイメージがあった米国において、高級感のある内外装に切り替えて販売奨励金を減らし、過度な値引き競争に巻き込まれないようにマツダ車のイメージを変えていったが、道のりは楽ではなかった。
「組織をフラット化し、営業における不要なサービスのポジション、つまりレイヤー構造を削減しました。850人だった従業員を約100人レイオフしました。そしてディーラーマージンやインセンティブを台数連動から切り離し、ディーラーに強い変革を迫ったんです」
いきなり日本からやってきた日本人社長の“痛みを伴う改革”には、当然のように大きな反発があった。
「当初、ディーラーは大幅なマージン削減にパニックとなり、販売報告をしないといった荒っぽい状況までありました。それでも『安売りのイメージを払拭する』という改革を進めなければなりませんでしたから、社長の立場を活かして改革を進めていきました。
すると短期的にはマージンが減少して混乱したのですが、販売台数の目標を達成しないと、今度はディーラー自身の存続に関わるリスクがあるため、結局はみんな販売を続けたのです。とにかく改革初期はディーラーの不安が強かったので、就任した翌2017年に全米14カ所をツアーして膝詰めでディーラーと対話し、徐々に賛同者を増やしていきました」
こうして全米展開から、約39の重点市場に注力するという改革は成功し、マツダ車を「プレミアムブランドとして認知させる取り組み」が実現できた。北米市場という重要なマーケットでの立て直し成功によって、社内での毛籠社長の存在感は増していく。
【画像ギャラリー】自社のクルマは自らの足で売りに行く!! マツダ 毛籠勝弘社長の海外行脚時代の写真も大公開!(6枚)画像ギャラリー








コメント
コメントの使い方