ミニバンから軽自動車まで、昨今のクルマは、フルフラットになるシートアレンジを魅力ポイントのひとつとして掲げることがあります。たしかに、クルマで寝ることもできる!! となれば、とても魅力的なことですが、しかしなかには、フルフラットになるように強引に設計されたことで、安全性が犠牲になっているクルマもあるのです。
文:吉川賢一
写真:TOYOTA、HONDA、DAIHATSU、SUZUKI
【画像ギャラリー】コンパクトでフルフラットシートになり充分にフロントシートが大きいクルマたち
フルフラットシートだけで、車中泊は危険
まず最初に、本稿は、特定のクルマを非難することが目的ではありません。ある種の快適機能は安全性能とのバランスが重要であり、ユーザーの皆さんにはぜひそれぞれの機能とデザインのメリットとデメリットを知ったうえで選んでいただきたい、という思いから提案する企画となります。
仕事柄、様々なクルマを取材させていただきますが、その際、フロントシートからリアシートまでほぼ平らになる様子を見ると、パッケージングの開発エンジニアの皆さんは、相当に頑張られたのだろうな、と、いつも敬服いたしております。
そのうえで、「これはちょっと危ないのではなのかな」と思ったことを、本稿でお伝えしていこうと思います。
昨今のアウトドアブームも影響して、自動車メーカーが「フルフラットシートで車中泊にも最適!!」というコピーとともに、車内でくつろぐ様子の写真を、広告やカタログ等に掲載していますが、どんなにフラットになっても、シートバックは硬く凹凸もあり、寝心地がいいものではありません。
あくまで「シートアレンジの仕方でフラットにもなりますよ」というだけのことです。
災害などに遭われ、やむなく長期でクルマに寝泊りせざるを得ない状況となられた方もいらっしゃると思いますが、このとき問題視されたのが、「静脈血栓塞栓症」いわゆるエコノミークラス症候群です。実際に震災関連死の主因にもなっていました。
筆者もやむなく車中泊することはありますが、寝返りが打てないため、身体が痛くて目覚めます。痛いくらいなら我慢もできますが、寝返りが打てないことで血流が悪くなり、エコノミークラス症候群を発症してしまう原因となってしまうのです。
車中泊をよくされているキャンパーたちは、下に敷くクッション性のあるマットなどを用意するなど、快適に寝るための対策をしっかりしているからこそ、できることなのです。
衝突安全性に矛盾のあるクルマがある
前席後席ともフラットのスタイルにするためには、前席のヘッドレストを外して、後ろ側もしくは前側へ倒す必要がありますが、室内長が短いクルマの場合、前席シートバックが大きい(長い)と、後席座面(前側に倒した場合はダッシュボード)との距離がとれずにぶつかってしまい、きれいにフラットにならない場合があります。
これを成立させるため、前席シートバックのショルダーラインを、乗員の肩の高さよりも下げ、ヘッドレストのサイズ(長さ)を大きくして、帳尻を合わせている場合があります。これが、筆者が課題と考えるケースです。
本来、シートバックは、乗員の肩よりも上まであるのが、シート設計のセオリーです。なぜなら、事故の際、エアバッグが展開すると、人体は前から強い衝撃を受け、後方に押し出されます。
シートバックには、この押し出された人体を受け止める、という重要な役割があるのですが、シートバックが小さいと、シートバックが力を受け止めきれなくなることも考えられ、最も守らなければならない首や、身体へのダメージが増えてしまうことに繋がってしまいます。
シートバックは肩の高さまでしっかりと作り、ヘッドレスト自体もしっかりとした剛性を確保していないとならないのです。
この形状であっても、当然ながら、国土交通省が定めた衝突試験法規の内ではクリアしているわけですが、この、商品性を重視しすぎた設計思想には疑問がわきます。シート開発担当の方々も当然分かっているでしょうが、シート本来の役割を削ってまで、シートのフルフラット化を優先することがあってはならない、と考えます。
ちなみに、政府の統計データによると、昨年度の交通事故発生件数は、全国で38万1237件、そのうち、追突事故は12万6062件。なんと、交通事故の3件に1件は追突事故なのです(政府統計ポータルサイト「e-Stat」、事故類型別交通事故件数による)。
それほど多く発生している追突事故に対しての対策よりも、シートアレンジを優先しているクルマを、皆さんはどのように考えるでしょうか。