■騒音規制の引き下げがトドメを刺した!?
それよりも決定打となったのは、騒音規制の強化だ。クルマから発せられる走行騒音は、都市部の住民のストレスにもなっているため、改善項目のひとつ。クルマが発生する騒音の中でも、加速騒音は昭和46年から4度に渡って規制が強化され、それによって現在では音の大きさは5分の1にまで低減されている。
2016年以降、国連欧州経済委員会の下部組織であるWP29(自動車基準調和世界フォーラム)では、クルマの騒音規制の中でも加速騒音について新しい規制を導入している。日本も参加しているため、同じ規制を採用することになるのだが、2022年から始まるフェーズ3では、さらに規制値が引き下げられるのだ。
車体の大きさ重さによって変わるが、乗用車ではほとんどの車格で2dBの低減が求められる。dBは音をエネルギーで表したもので、6dBで2倍の差となり2dBでは4/5にすることが求められるのだ。
また定速走行でも騒音の7割以上がタイヤから発生していることから、フェーズ3ではタイヤの走行騒音が規制されることも決まっている。特にリアのオーバーハングが小さいS660は、リアタイヤが路面を叩くロードノイズやタイヤが空気を斬る風切り音、エンジン音が車体後部から放出されやすいから不利なのだ。
普通のクルマと比べてMTのスポーツタイプのクルマは、若干規制が緩く優遇されていて、スポーツカーというカテゴリーへの配慮もある。それでもS660の場合、厳しくなる規制に対応するにはかなりの仕様変更が必要で、そのための開発費や生産コストの上昇は、今後の販売では回収するのが難しい、という判断なのだろう。
フロントにエンジンがあり、リアのオーバーハングもそれなりに確保されているダイハツ『コペン』やマツダ『ロードスター』などは、S660より若干規制には対応しやすい。それでもタイヤの騒音規制によって、標準装着のタイヤはますますスポーツ性能を抑えなくてはならなくなるだろう。
■全高の低い2ドアだけがスポーツカーなのか!? 定義も変わりつつある
この先、スポーツカーが存続していくのは難しい状況であることには変わりないが、ちょっと考え方を変えればスポーツカーに何を求めるかで、この先も楽しむことはできると思うのだ。振り返ってみれば、スポーツカーというクルマの定義自体、時代の流れで変化してきた。
クルマが大衆化し始めた1960年代は、スポーツカーと言えばライトウェイトスポーツのことを指すものだった。2シーターのFRでMT、ボディは小さく軽く、運転を楽しむためだけのクルマだけがスポーツカーと呼ばれた。
そして1970年代に入って、車種が増えていくに従ってスペシャリティカー、スポーティカーが登場して、美しいクーペスタイルのクルマが人気となり、クルマ好きを増やしていった。
その後もバブル期を経て、ホットハッチやスポーツセダンという新たなカテゴリーも生まれ、運転を楽しめるクルマながら実用性も兼ね備えるクルマが増えたことで、運転を楽しみたいドライバーにとっては選択肢が増えたこともある。
そういう意味ではS660はピュアスポーツの部類に属する希少種と言える。こうしたクルマだけをスポーツカーと決め付けるのは、そろそろ終わりにしてもいいのではないだろうか。例えば、最近モデルチェンジにより追加されたホンダ『N-ONE』のターボMTモデルは、S660と同じパワーユニットをもつだけに、走りは相当に楽しめる。
先日発売されたマツダの『MX-30』 EVモデルも、ステアリングとスロットルの反応が自然で、人馬一体感を味わえる、実にスポーティなクルマに仕立てられている。このパワーユニットと制御系を用いて、クーペボディに換装するだけで、本格的なEVスポーツができ上がるのでは、という思いさえ起こったほどだ。
また2020年に法整備された新しいカテゴリー、超小型モビリティの制度を利用して、小型軽量のEVスポーツを作り上げることだってできるだろう。高速道路は走れないが、ミニサーキットまで自走して楽しむなら、本格的なEVスポーツを格安で作り上げられそうだ。
さまざまな規制への対応や先進の安全装備や運転支援システムが搭載されるなど、新型車開発ではピュアスポーツを生み出しにくい環境になってしまったのは、現代であれば仕方ないところ。であれば本格的なスポーツドライビングを味わえるクルマもスポーツカーの範疇に納めるのであれば、これからもスポーツカーは存続していけるのではないだろうか。
【画像ギャラリー】規制強化で生産終了のスポーツカー『S660 Modulo X Version Z』を写真でチェック!!
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