■神業と熱意、そして苦悩
90年前後くらいまでは「これがセナ足か?」と聞き取れる場面もあった。
コーナーで速度を落とした場合、エンジンの回転数も落ちる。それを少しでも防ぐためにスロットルを小刻みに操作して、オン・オフを繰り返すのだ。
パワーオン状態ではテールスライドによる旋回、オフ時には舵を効かせる旋回。アンダーステアを消す作業と言っても良いか。グリップレベルギリギリのコーナリング中にピークパワーの出る領域・回転数を保ちながら、その操作を行う。
遠心クラッチではない時代のレーシングカートならまだわからなくもないが、F1マシンでそれをやるなんて……。
1/100秒いや1/1000秒を削るべく、なりふり構わずマシンと自分を追い込んでいくのだ。
決勝レースは燃料満タンの重いマシンでスタートするし、タイヤも持たせなくてはならない。もちろんそれはそれなりにハイペースで走らねばならないが、年間王者を取るためには抑える場面も多々あっただろう。結果は皆さんご存知のとおりだ。
真面目で、ピュア。マシンセッティングだけでなく、エンジンの反応や回転数や最高速にも細かいこだわりが超絶強い。データロガーを睨んで長時間考え込む。
そんな姿はホンダのエンジニアたちの心を打った。南米から欧州へ出てきて必死にがんばる青年と、残業を苦ともしない日本人猛烈サラリーマンの共感もあっただろうし、利害も一致する。
だがその仲の良さがあだとなり「あいつの方がいいエンジンを積んでる」と言った軋轢を生み、「セナ・プロ問題」「日本GP失格事件」「翌年の報復事件」といった悲劇を生んでいく……。
■F1を去っていくホンダのこれから
暗いハナシはもうやめよう。モナコGPでM・フェルスタッペンが勝った。おっさん(自分)は彼のパパの走りに感銘を受けたクチだ。練習走行では真っ先に飛び出してきて、F1マシンをまるでカートのように振り回してガンガンアクセル踏み倒していた姿が印象的だった。
息子は父と違いきっとクレバーな走法なのだろう。いや、うまくバランスが取れているのか。そうでなければ現代のチャンピオンになれるはずもない。
個人的には、彼が年間王者になったとしてもホンダの「撤回・継続参戦」はなくていいと思う。負けてやめるより勝ってやめるほうがかっこいいし、ホンダらしくもある。そしてホンダにはF1よりももっと斬新な挑戦を期待したい。EVレース? 自動運転車競技? 宇宙開発?
NSXやシビックRやCBR-RRやM・マルケスも頑張っているが、F1に代わるものは必ずしも4輪2輪のレースじゃなくてもいいと考える。世間をあっと言わせるようなプロジェクトに期待したい。
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池之平昌信(ikenohira.com)初代ホンダF1チーム監督・中村良夫さんの晩年の旅のお供をしたり、本田宗一郎氏とセナのツーショットを撮ったこともある、元F1全戦取材カメラマン。流し撮り職人。日本写真家協会会員。
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