■モーターショーの位置付けが変わった
大規模なモーターショーが機能しなくなりつつあるという兆候は数年前からかなり顕著になっていた。2019年10月に開催された東京モーターショーでは、一部の主要海外メーカーが出展を見送るという事態になった。2011年からメイン会場として使っていた東京ビックサイトが東京オリンピックの関係で利用制限されるという特殊事情はあったが、逆に言えば、狭い会場でも十分との判断が働いたともいえる。
2005年には150万人に達した来場者数も、その後は減少傾向となっており、2017年には77万人まで減少。2019年は盛り返したが、それでも130万人にとどまっている。
各社が東京モーターショー2019への出展を見送った理由のひとつとされているのが、相対的な日本市場の地位低下である。自動車業界では、北米と欧州という主要市場に続き、日本市場はそれに次ぐ重要なポジションという時代が長く続いた。だが、リーマンショック以降、日本経済の地番沈下が鮮明になり、全世界的に見た重要性が大きく低下している。アジア地域について言えば、中国で開催される上海モーターショー、北京モーターショーを重視するメーカーが増えたのは間違いない。
確かに短期的に見れば、日本市場の地位低下によって東京モーターショーの位置付けが変わったのかもしれないが、水面下ではもっと大きな動きが進行している。それは東京に限らず、モーターショーそのものの重要性が低下するという現象である。
自動車は典型的なマス商品であり、そうであるが故に、テレビCMなど、あらゆる消費者に訴求する宣伝手法が多用される。大量のCMを打ち、全国の販売店で一斉に販促活動を行うのが基本戦略であり、こうしたマーケティング手法と大規模イベントとの親和性は高い。
ところが近年、ネットが急速に普及してきたことから、一部のメーカーはSNSを使った個別マーケティングにシフトしている。EV(電気自動車)メーカーのテスラのように、いわゆる従来型の広告宣伝費はゼロという企業まで現われた。
SNSを使ったマーケティングでは、顧客の属性が詳細に分かるので、極限まで個人にカスタマイズした訴求が可能となる。つまり従来の自動者業界におけるマーケティングが究極のマスマーケティングであるならば、ネットを使ったマーケティングは究極的なニッチ(隙間)・マーケティングといってよいだろう。
■「いつかはクラウン」は成立しない
ネットを中心としたニッチ・マーケティングの場合、画一的な情報を全消費者と共有し、イベントなどを通じて製品の認知度を上げていく手法はほとんど効果を発揮しない。個々の消費者に合わせた形での情報提供や口コミがカギを握るので、単にオンラインでイベントを開催すればよいという話にもならない。
スペックに興味を持つ消費者とデザインに惹かれる消費者が関心を持つポイントは異なるので、ニッチ・マーケティングの場合には、同一モデルであっても、全く異なるアプローチが採用されることもある。
一連の市場の変化はすでにディーラー(自動車販売店)における販売手法の変化という形で顕在化している。
トヨタ自動車は2020年以降、系列の販売店でレクサスを除く全車種の取り扱いを行っている。トヨタの製品戦略は、米GM(ゼネラルモーターズ)を参考に構築されたもので、サラリーマンの双六(すごろく)のような流れになっている。学生を起点に、ヒラ社員、係長、課長、部長と企業での役職が上がるにつれて、より高級なクルマに乗り換えさせる作戦であり、各モデルは社会階層を強く意識して設計されていた(その結果「いつかはクラウン」というキャッチフレーズが成立することになる)。
こうした単純な市場では、車種ごとに販売店を分けた方が圧倒的に効率が良かった。だがネットの普及で社会の価値観が多様化するとともに、日本では人口減少による販売台数の低下が追い打ちをかけた。営業マンは顧客の状況に合わせて緻密に提案しなければクルマを売れなくなっており、自らが所属する販売店で扱える車種が少ないことは、一連の営業活動の足かせとなる。
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