軽自動車は公共交通機関が利用しにくい地域ほど普及率が高い。つまり地方では生活必需品なのだが、その値段が新燃費規制対応でさらに上がってしまうと相対的に地方に住む人たちの負担がより大きくなってしまうことになる。
加えて、自動車の平均燃費が基準通り2030年まで4割以上向上すると、人口減少も相まってガソリンがより売れなくなり、地方のガソリンスタンドの経営がさらに苦しくなる。
1994年のピーク時には全国で6万ヵ所あったガソリンスタンドも、今年3月末現在で2万9000ヵ所と半数以下に。2011年の消防法改正により、ガソリンスタンドの地下タンクが40年以上経過し老朽化した場合の補修が義務付けられたこともあり、ガソリンスタンドの廃業が加速している。
ガソリンスタンドの「過疎化」が進んでいる都道府県の上位10をまとめた表を見ていただければわかる通り、各都道府県の面積を各都道府県所在のガソリンスタンドの数で割ったものが「1給油所当たりカバー面積」で、その面積が広ければ広いほどガソリンスタンドの過疎化が進んでいることになる。ご覧の通り、人口減少で悩む地域とガソリンスタンド過疎化が進む地域が重なっている。
全都道府県でトップの北海道では、1つのガソリンスタンドがカバーする平均面積が東京の21.9倍、2位の岩手、3位の秋田も10倍を超える。そしてガソリンスタンドの数は2011年度末から2022年度末で2割減少し、地方のガソリンスタンドの過疎化がさらに進行しつつある。
当たり前だがHV車も含めガソリンスタンドがなければクルマは走れない。燃費がいいクルマを買っても、ガソリンスタンドが遠くなってガソリンを入れに行くのに以前より多くのガソリンを使うというのもばかばかしい話だ。
新燃費基準の導入により、地方のガソリンスタンドの数がさらに減ってしまえば、公共交通機関の利用しにくい地方がさらに不便になってしまい、さらに過疎化・人口減少が進むという悪循環が進む。
地球環境保護とカーボンニュートラル化、日本の自動車産業の競争力の維持に向けて高いハードルを掲げて燃費の効率化を進めることにはまったく異存はない。
だが副次的な悪影響として、軽自動車を中心とした自動車の価格上昇や、ガソリンスタンドのさらなる減少などが起こる可能性が高い。そういった悪影響を強く受ける地方に住む人たちと地方経済への目配りを忘れ、環境対策を最優先するのが本当に正しいことなのだろうか。
中国の自動車メーカーである上汽通用五菱汽車は、昨年7月に日本の軽自動車よりも小さいEV、宏光MINI EVを1台約50万円で発売を開始した。また乗用車ではないが、佐川急便は近距離配達用の約7200台の軽商用車を中国製のEVに切り替える計画を発表している。
日本の自動車業界の競争力を高めるはずの政策により、日本の自動車産業が軽自動車から徐々に衰退していって中国産のクルマに市場を席捲されるようになってしまっては本末転倒だ。
自動車の価格を低く抑えたままで燃費を改善させるには、先端技術を導入したうえで量産効果を働かせるのが一番の近道だ。
例えば日本政府がインド政府に経済支援を行い、インドで電動車の購入に補助金を出す政策を採用すれば、年間新車販売台数が約380万台あるインドにて5割のシェアを持つスズキが量産効果により、これまで以上に安価な電動車を作ることが可能になる。
それはインドの消費者やスズキの利益になるだけでなく、日本の、特に地方の消費者にとっても利益になる。
またガソリンスタンドが少なくなってしまうのなら、地方で充電インフラを整備し、交通インフラを整える政策を打ち出す必要がある。
もちろん特定の民間企業の利益のためだけに税金を使うことは難しいが、それぐらいドラスティックなことをしない限り日本の自動車産業の国際競争力は保てないかもしれない。
欧州では2035年に完全ゼロエミッション化する規制の提案が出され、アメリカでも2030年までに新車販売の半数以上をEV、PHEV、FCV化する大統領令が発令された。中国でも2035年をめどにすべての新車がEVやHV化される。
自動車の巨大市場である欧州、米国、中国の政策当局が決める環境政策によって日本の自動車メーカーが右往左往させられる状況を甘受するのではなく、経済産業省や国土交通省、環境省や外務省が政治家のリーダーシップのもとで自動車業界と足並みをそろえ、日本の総就業人口の8%を超える人たちが働く自動車産業と、地方を含めた日本全体のモビリティの将来像を、先を見越して戦略的に描いていくことを望みたい。
そうでないと、日本ではクルマは金持ちだけのものに成り下がるか、日本の自動車市場が安価な中国製のEVによって席巻されることになりかねないのだ。
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