ル・マンの女神ついに微笑む 小林可夢偉の苦悩と快挙

■ル・マンの女神に裏切られ続けても闘志は失わず

ル・マン24時間レースが行われるサルト・サーキットはうっそうとした森の中を走る区間がある。夜間は鼻先も見えないほどの闇に包まれ、ヘッドライトの灯りのみが頼りとなる
ル・マン24時間レースが行われるサルト・サーキットはうっそうとした森の中を走る区間がある。夜間は鼻先も見えないほどの闇に包まれ、ヘッドライトの灯りのみが頼りとなる

 ともあれ、その後も可夢偉はル・マンのポールポジション獲得数を伸ばし、ハイパーカー元年の今年も新車GR010を駆って4度目のPPを獲得。

 フランスが誇るル・マンレジェンド、ジャッキー・イクス氏の5回のPP記録にあと一歩まで迫り、すでにル・マンの予選王者と呼ぶにふさわしい可夢偉だが、決勝となると話はまったく別で、ル・マンの女神は’17年からトリオを組む可夢偉、マイク・コンウェイ、ホセマリア・ロペスの3人を翻弄し続けた。

 可夢偉が予選レコードを塗り替えた’17年は、ピットロードに現れた他チームの選手による『偽マーシャル』事件が引き金となってクラッチが故障しトップから転落、その後リタイア。

 スタートから僚友の8号車とデッドヒートを展開した’18年は、ロペスのスピンや可夢偉の走行時にチームとのコミュニケーションの乱れに端を発するガス欠危機で、一時は2分以上リードしていた僚車に逆転を許して2位。

 最も悲劇的だったのが’19年で、優勝まであと1時間という時にスローパンクチャーに見舞われたうえ、センサーの取り付けミスでチームが交換タイヤを特定できず余計なピットが増えてまたしても2位。

 さしもの可夢偉もこの時ばかりは「ル・マンが嫌いになりそう」とグチったが、誰かを責める言葉は一切口にしなかった。しかし実はそれもまだ序の口で、’20年もトップ快走中にまさかのターボトラブルで急減速。30分の修復作業を終えてコースに復帰した後は3位に戻るのが精一杯だった。

 「もうこれは運だな、というのが正直なところ。そういうことが突然起こるのがこのレースの過酷さ。実力とか速さとかではなく、本当にすべてが噛み合わないと勝てないことを痛感した」と、4年連続で女神に足蹴にされ、諦観の言葉をつなぐのがやっとの可夢偉だったが、最後に前を向くことは忘れなかった。

 「でもだからこそ、ル・マンは人を、挑戦し続けたいという気持ちにさせるんだろなと思いました」。

■悲願の初優勝! そして新たな一歩を

「ル・マンが嫌いになりそう」と愚痴をいったこともある小林可夢偉だが、今年はようやく勝利の美酒に酔いしれることができた
「ル・マンが嫌いになりそう」と愚痴をいったこともある小林可夢偉だが、今年はようやく勝利の美酒に酔いしれることができた

 それから1年。相変わらずコロナ禍は続き開催時期も8月にズレたままだが、無観客だった昨年と違い今年のル・マンには5万人限定ながら観客が戻ってきた。

 実戦4戦目とまだマイレージの少ないGR010の初ル・マンはまさに薄氷を踏むような24時間で、特にレース終盤は前戦で起きたのと同じトラブルに直面(その詳細は本誌レポートにて)。チームは2台共倒れの危機に瀕したが、8号車のセバスチャン・ブエミによる捨て身のアシストで打開策を講じることに成功。

 その後もそれぞれに「生き残るために死力を尽くした戦い(可夢偉)」は必要だったが、一瞬たりとも気の抜けない困難な状況を乗り越えてつかんだ勝利は、7号車の過去4回の失望と落胆と涙を拭って余りあるものだった。

 「ここに至るまで何年も何年も、様々な経験を経てきたし、その中には本当に辛いものもありました。今日も通常であればそこでレースは終わっていた。でもチームが正しい判断で導いてくれたおかげで最後まで走りきることができました」。

 表彰台のてっぺんで心からの笑顔を見せる可夢偉の側で、冷静沈着な走りがウリでふだんは英国人らしく人前で涙など見せないコンウェイ、そして参戦当初はミスの多さから「ゲーマー上がり」と一部の関係者に揶揄されその悔しさを着実に跳ね返してきたロペスが眼を潤ませている。

 そして視線を下にむけると、その先で共に戦ったチーム全員の笑顔が輝いている。

 「チームメイト、車両担当やエンジニア、みんなが素晴らしい仕事を成し遂げてくれました。彼ら全員に感謝します」という言葉の深い響きに、ドライバー・小林可夢偉の新たな1ページの始まりが感じられた。

【画像ギャラリー】ついに悲願達成!! コンウェイ、小林可夢偉、ロペスが初優勝を飾った2021年ル・マン24時間レース

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