■「VISION-S」はどんなクルマ?
今回、ソニーが初披露した「VISION-S 02」は、2020年に公開した「VISION-S」がセダン型だったのに対して、02は世界的な人気のクロスオーバーSUV。車体寸法は巨大で前後輪のセンター間距離のホイールベースは3030mmと、メルセデスベンツGLEクラスやBMW X5より長い。パワートレーンは言うまでもなく電動で出力はきわめてハイパワーだ。
車内は最新鋭のハイテクカーが古色蒼然と映るほどの先進性。前席はダッシュボードの両端まで液晶ディスプレイで埋め尽くされ、後席にも左右1個ずつディスプレイを装備。シートと車体の両方にスピーカーが設置され、配信された映像や音楽コンテンツを360度サラウンドで楽しめることを売りにしている。
また、クルマとは別の場所にあるプレステを通信技術でつなぎ、車内でゲームをプレイすることも可能という。
先進的なのはエンタメの部分だけではない。ソニーの画像センシング技術をフル活用しての顔認証、ドライバー、パセンジャーの状態の検出、クルマの操作のジェスチャーコマンド化など、クルマと人間の関係を進化させる試みが盛り込まれる。5G通信を介したコネクティビティ機能も実装され、クルマのソフトウェアバージョンアップはオンラインで行われるという。
さらに、ソニーが重要視しているのは自動運転だ。レーザースキャナーやレーダー、カメラなどのセンサー数は実に40個で、クルマの走行状況や周囲の状況をドライバーにしっかり伝え、クルマとの一体感を高めるインターフェースが実装される。
このように「SONYカー」はモビリティの未来像を盛れるだけ盛ったクルマに思える。同社の吉田憲一郎社長兼CEO(最高経営責任者)は会場で「クルマの価値を『移動』から『エンタメ』に変えて、モビリティの再定義を行う」と宣言。移動の概念そのものを革新的なものにすることを示唆した。
■意欲だけでは売らないソニー
すさまじい意欲だが、果たしてソニーはこの先、クルマの世界で再びゲームチェンジャーとなれるのだろうか。
今後、ソニーがどういうビジネスを展開するのかは計り知れないが、ヒントはある。それは吉田社長の経営思想だ。東京大学経済学部を卒業後、1982年に新卒でソニーに入社。社内では主に企業の財布をコントロールする財務畑を歩む。経営危機を乗り越えた2018年に社長に就任する前のポストもCFO(最高財務責任者)だった。
吉田氏をよく知る元ソニー幹部は「とにかく利益に強いこだわりを持つ人で、儲けを度外視したことには手は出さない」と語る。
一方、自動車産業は薄利多売の世界。原価低減がお家芸のトヨタにしても営業利益率は10%前後。ホンダや日産などは5%以下であり、自動車産業においては売上の1割強も利益が出るのは立派なスコアだが、実はゲーム、エンターテインメントなどの業界では利益率1割はお話にならない低さだ。
アップルやグーグルなどプラットフォーマーと言われる巨大IT企業の利益率はおおむね3割。国内でもソニーのライバルである任天堂の利益率も30%を超えている。
■「ゲームチェンジャー」のその中身
ソニーは稼ぎ頭の金融や映画、ネット事業のほか、製造業という側面も持っているため、利益率はトヨタより少し高い程度にとどまる。利益にこだわる吉田社長が重厚長大、薄利多売の自動車産業型、あるいは生産性の高いICT(情報通信技術)、プラットフォーマー型のどちらを志向するかといえば、後者である可能性が圧倒的に高い。
それを前提にソニーの自動車ビジネスのスタイルを予想すると、利益の薄いEVのハードウェアについては自社で手がけず試作車で協業したオーストリアの自動車開発・生産受託企業、マグナシュタイヤーなどに委ね、自動運転システム、コネクティビティ、車内エンタメ、コミュニケーションツールといった高利益率を期待できる分野をソニー独自技術で仕上げるという、いわゆるファブレススタイルを取るものと考えられる。
超高性能なハードウェアと「モビリティを再定義する」という吉田社長の言葉に足るICT、エンタメデバイスの組み合わせのクルマとは、今日先進的なクルマの代表格となっている米EV専業メーカーのテスラの上位クラスであるモデルSやモデルXと同等かそれ以上で、価格も1000万円以上の高級車並みに設定、販売台数もかぎられたものになるだろう。
ソニーにとって、その市販車はコンピューターに例えれば、最高スペックのCPUや超高速のグラフィックチップを持ち、4Kディスプレイを装備したハイエンド機。その新車販売もビジネスにはするだろうが、同時に「ソニーのデバイスを使えば今までにない付加価値の高いクルマに変身する」などという広告塔の役割も担うだろう。予算に応じてそれらのデバイスを自動車メーカーにも外販すれば、まさにクルマのプラットフォーマーである。
それが実現すれば、ソニーはまさしく自動車業界のゲームチェンジャーになれる。既存の自動車メーカーにとっては間違いなく脅威となるが、その戦略が上手くいくかどうかは吉田社長の「モビリティの再定義」の中身に尽きる。
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