世の中には「珍車」と呼ばれるクルマがある。名車と呼ばれてもおかしくない強烈な個性を持っていたものの、あまりにも個性がブッ飛びすぎていたがゆえに、「珍」に分類されることになったクルマだ。
そんなクルマたちを温故知新してみようじゃないか。ベテラン自動車評論家の清水草一が、往時の体験を振り返りながら、その魅力を語る尽くす当連載。第8回目となる今回は、果敢にもプリウスに挑むも敗北、しかしその後の進化には目を見張るものがあったホンダのハイブリッドカーを紹介していこう。
文/清水草一
写真/ホンダ
■2代目モデル誕生の背景
ホンダ インサイトといえば初代モデル。初代はものすごい珍車だった。燃費のためにすべてを捧げ、オールアルミの超空力優先ボディを持ち、定員は2名! 「ひとり当たりの燃料消費量はどうなるんだ」といった面倒くさい議論をすべて捨て、「まずはどこまで低燃費を極められるかで勝負だ!」とばかりに、レーシングカーのように作り込まれていた。このコンセプト、常識的には完全に「珍車」だが、カーマニア的には完全に「名車」。なにかひとつのことに打ち込む姿は、マニアの心を激しく打つ。
対する2代目インサイトは、「打倒プリウス」を旗印に、これまたホンダが全力を挙げて開発したハイブリッドカーだったが、名車にはほど遠かった。
2代目インサイトが登場したのは2009年2月。前年の秋頃から全世界をリーマンショックが襲い、日本も深刻な不況に。国民がこぞって節約に走ったため、自動車もまるで売れなくなった。そんななか唯一売れそうなのが、低燃費がウリのハイブリッドカーだった。
ホンダはトヨタに対抗すべく、ハイブリッドカーの発売を急いだ。2代目インサイトは、是が非でも3代目プリウスより前に発売しなければ! と焦った(推測)。が、当時のホンダにはまだ、プリウスのようなストロングハイブリッド技術がなかった。そこで2代目インサイトには、シビックハイブリッドと同じ1.3Lエンジンの「IMAシステム」(マイルドハイブリッド)を搭載。メカで及ばない部分は、徹底的な軽量化と空力、転がり抵抗の低減などで補った。
軽量化といっても、カーボンなど高価な素材は一切使わず、徹底的なダイエットを行ったうえで、同時に他車と部品の共通化を行うことでコストダウンも実行。最廉価モデルを189万円で売り出したのだ。プリウス(2代目)の価格は最安でも225万円だったから、それより36万円も安かった。
■プリウスに敗北した理由とは?
この低価格は衝撃的だった。当時、ハイブリッドカーと言えばプリウスのことを指したが、インサイトは形もプリウスに似ていたし、「ホンダがプリウスに真っ向勝負を挑んだ!」とメディアが盛り上げたこともあって、国民の期待も大いに盛り上がった。政府が4月からエコカー補助金(10万円)の交付を実施したこともあり、発売と同時に注文が殺到。2009年4月には、ハイブリッドカーとして初めて、国内月間販売台数ナンバー1(登録車)に輝いた。
が、インサイトがプリウスに勝ったのは、この月だけだった。翌5月に3代目プリウスが登場。インサイトの低価格に対抗すべく、先代より20万円も安い205万円からという信じられない値付けを敢行して、その月にいきなり月間販売台数ナンバー1の座を奪い取ると、以後ひとり旅となった。
インサイトのナンバー1は一瞬の夏で終わった。それどころか、1年半後にホンダがフィットハイブリッドを売り出すと、受注はほとんどそちらに流れ、早くもインサイトは過去のクルマになってしまった。
なぜインサイトはここまで徹底的な敗北を喫したのか。最大の理由は、その急造ぶりにあった。インサイトは、実燃費でもプリウスに2割ほど負けていたが、それより問題だったのは、居住性や内装の質感、乗り心地など、あまりにも多くの点でプリウスに敵わなかったことだ。
居住性に関しては、インサイトはそもそもプリウスよりサイズが少し小さかったからハンデはあったが、空力を優先するため、全高が65mm低かったことが大きい。おかげでインサイトの高速燃費は優秀で、この点だけはプリウスとほぼ互角だったが、当然室内の広々感は劣り、特に後席のヘッドルームには余裕がなかった。
また、安く作るためにインテリアの質感は安っぽくせざるを得ず、徹底的な軽量化もあってシートも薄くて安っぽいものが使われた。タイヤは転がり抵抗を極限まで抑えたエコタイヤ。当時のエコタイヤは乗り心地が固かったから、ただでさえ悪い乗り心地はさらに悪くなり、薄いシートクッションがそれに拍車をかけた。