ウクライナの要請に即応したイーロン・マスク
このスターリンクの名を、一躍世界に広めたのがウクライナ戦争だ。
ロシアの侵攻直後の2月26日、ウクライナ副首相(兼デジタル変革大臣)のミハイロ・フェドロフ氏は、「ウクライナでスターリンク・サービスを利用させてほしい」と、イーロン・マスク氏にツイッター上で要請した。
そのわずか10時間30分後、マスク氏から副首相に返信が届いた。「今、スターリンク・サービスはウクライナにおいて使用可能な状態にあります。さらなるターミナル(キット)を(ウクライナに)輸送中です」。両者のやり取りは世界に見届けられ、即座に報道された。
スターリンク衛星は地球全体をカバーするように航行しているが、電波の使用認可が下りていない国の上空を通過する際には使用不可な状態にある。マスク氏は、まずはそのシステムをウクライナで使用可能な状態(active)にし、さらにアンテナやルーターなどからなるターミナル・キットを短時間で手配し、無料提供したのだ。
その結果、1週間後の3月1日には副首相からマスク氏に向け、「スターリンクは、今ここにあります、ありがとう@elonmusk」とのツイートが写真とともにアップされた。
スターリンクをフル活用するウクライナ
ウクライナにおいて、スターリンクは絶大な効力を発揮した。インフラが寸断されたウクライナ各地において、電源さえ確保できればアンテナと衛星をつないで世界と通信することが可能となった。
また、スターリンクは通常、直径55cmのアンテナを自宅などに設置して使用するが、ウクライナに配送されたキットには新バージョンも含まれていたらしい。ピーク電力が低減化されたことにより、車のシガーソケットからも電源が取れ、新しく搭載されたモバイル・ローミング機能をオンにすれば、走行中のクルマからも使用できたのだ。
それだけではない。スターリンクのシステムは、ウクライナ軍が使用している砲撃支援システム「GIS arta」にも使用されている。5月14日の英タイムズ紙では、このGIS artaシステムをウーバー・タクシーの配車アプリに例えている。
つまり、ウクライナ軍の砲撃部隊がGPSを搭載したタクシーの現在地であり、砲弾がタクシー、そのタクシーを待つユーザーがロシアの戦闘車両などだ。タクシーをもっとも早くユーザーに配車する、つまり着弾させるには、どの部隊から砲撃するのが最も適切かを、このシステムは1分ほどで解析するという。
また、ロシア軍の位置を知るためにはドローンも使用されている。ドローンが取得した画像や位置情報などはスターリンク衛星に送られ、GIS artaシステムを介して他の部隊と共有しているのだ。こうした作戦の成功を喜ぶウクライナ兵が「Thank you! Elon !」とツイートする様子も拡散されている。
イーロン・マスクvsロシア
ウクライナ軍の効率的な攻撃にスターリンクが関与していることは、当然ながらロシアも認識している。3月5日にはマスク氏が、
○スペースXがサイバー攻撃を受けたこと
○ウクライナにおけるスターリンクの地上端末が、数時間に渡って妨害信号を受けたこと
などをツイートした。しかし続けて、
○ソフトウェアのアップデートによって、この妨害電波を回避したこと
を報告している。
また5月9日には、マスク氏は1枚のレポートをツイッター上に公開した。ロシアには、米国におけるNASAのような役割を果たすロスコスモスという国策企業があるが、そのCEOであるドミトリー・ロゴージンが、ロシアのメディアに送ったと言われる文章が掲載されたのだ。
マスク氏がどこからそれを入手したかはわからないが、そのメモには、
○スターリンクの地上端末の輸送をペンタゴン(米国防総省)が行ったこと
○それは捕虜となったウクライナ軍の大佐の証言から判明したこと
○ウクライナに協力したマスク氏を、ロシアは非難すること
○イーロンはこの件に関して責任を負うことになること
などが記されていた。
米国政府は戦争の拡大を避けるため、今回の戦争において常に距離を保ちつつある。一方で、民間企業のCEOであるマスク氏のウクライナに対する協力は、予想以上の効果があったため、ロシアの癇に障るところとなったようだ。
しかし、ロゴージンからの脅しに臆することもなく、マスク氏は、「もし私が不可解な状況で死ぬことがあったら、あなたと知り合えて光栄だったと思うだろう」と、冗談めかしてツイートしている。
長期化の様相を呈するウクライナ戦争ではあるが、スターリンクというシステムが単なるインターネット・サービスでなく、国際情勢を左右し得るツールであることを、今、世界が実感しているに違いない。
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