■優等生的なハリアーがイタリアン・デザインでアグレッシブに! 「ハリアー・ザガート」
約100年もの歴史を持つイタリアのカロッツェリア(車両デザイン/設計/製作を実施する企業)が「ザガート(ZAGATO)」だ。
アルファロメオやフェラーリ、ランチア、アストンマーティンなどの欧州の自動車メーカーとのコラボにより、多くの美しいマシンを世に送り出してきた。1990年代以降は日本メーカーと組むこともあり、個性的なイタリアン・デザインを日本車に施すようになる。
そうした中で生まれたのがトヨタ ハリアーとのコラボレーションだ。その最初のモデルが登場したのは1998年5月。「イタリアンロケット」をコンセプトにデザインされ、全国限定200台で発売が開始された。価格は363万5000円。元となったハリアーよりも約100万円高であった。
高級SUVの走りであり、優等生的な端正なルックスであったハリアーがイタリアンのデザイナーの力で、よりアグレッシブな姿に変身したのだ。また、第2世代のハリアーにも2006年7月に「ハリアー・ザガート」が設定された。今度は全国限定250台。
ちなみにザガート&トヨタのコラボレーションはハリアーだけに限らず、2001年にはMR-Sをベースにした「VM180“ザガート”」が100台限定でトヨタモデリスタから発売されている。
■お堅いフラッグシップをチューニング「デボネア V AMG」
かつて三菱自動車にはシーラカンスと呼ばれるモデルがあった。それが「デボネア」だ。
1964年に三菱自動車のフラッグシップとして初代が誕生。自動車産業の黎明期である1960年代前半に生まれただけに、当時の人気のアメリカ車風の大きく角ばったデザインの大型セダンだ。
しかし、どういうわけか「デボネア」のフルモデルチェンジは、なかなか実施されず、なんと第二世代が登場したのは、ようやく1986年のこと。つまり、初代モデルが延々と22年間も続いたことになる。
4年、もしくは6年ごとにフルモデルチェンジを実施していた昭和の時代としては異例であり、そのために「シーラカンス」との呼び名がついたのだ。
そして、その第2世代には、なんとAMGとのコラボ・モデルが用意されていた。「デボネアV 3000ロイヤル AMG」だ。
今ではAMGはメルセデス・ベンツ社の一部門になっているが、1999年までは独立した企業として、モータースポーツやチューニングを手掛けていた。ノーマルよりも大きなエンジンを積んだAMGのチューニングカーは異様な迫力があり、畏怖を込めて英語ではなくドイツ語風の「アー・マー・ゲー」と呼ばれていたのだ。
そんなAMGの名を課した「デボネア」だが、意外やエンジンはノーマルそのままで、主にエクステリアのカスタムが基本。直線基調で空力を考慮したようなエアロカスタムが施されていた。
フォーマル色が強く、「会社の偉い人の黒いクルマ」という雰囲気だった「デボネア」がAMGとコラボすることで、よりパーソナルでスポーティな存在になったのだ。お堅い三菱自動車のフラッグシップと、ドイツのチューナーという異色コラボと言えるだろう。
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