■竹岡 圭が選出する日本車ゲームチェンジャーたち
まず1980年代は、三菱初代パジェロから。
あの世界一過酷と言われるパリ・ダカールラリーに参戦し、初参戦にして「市販車無改造T1クラスでクラス優勝。総合でも11位」と、パジェロの名を世界中に轟かせるのだ。
さらに、1985年にはプロトT3クラスにステップアップ参戦し、総合優勝。この話題性とともにクロカンの大きなうねりを作った、と言えるのが初代パジェロだ。
続いては、スズキアルトワークス。
気軽な女性の足をテーマに登場したアルトが、いきなり走りのクルマに大変身。その後アルトVSミラの“速いの対決”が続いていったことを見ると、間違いなくゲームチェンジャーと言えるだろう。
●現代のクロスオーバーSUVの原点が1990年代に誕生
1990年代はRVの2台。「トヨタの天才タマゴ」というキャッチフレーズを今でも覚えている方も多いと思うが、それまでの商用車派生型のミニバンではなく、最初から乗用車として設計された初のミニバンがエスティマだった。
その後家族の足=ミニバンという時代が訪れるわけで、まさに先駆者的役割を担ったと言える。その後、多人数乗り車の初のハイブリッドモデルとしても先陣を切った。
続いて、最近流行りのクロスオーバーSUVの先駆けのモデルとなったHR-V(ホンダ)。
ポイントは3ドアという部分で、それまで走破性の面でクロカン4WDではあったとしても、都会派オシャレSUVで居住空間等を割り切ったスタイル重視型というのはあまり見なかった。
ロングランヒットとなったが、HR-V自体が後に続かなかったのは残念。
●斬新な「箱型軽」の潮流
2000年代はミニバンの多様化が進んだ年代と言えると思う。それまでの箱型から、ワゴン派生型のような立体駐車場にも入りやすいタイプの3列シート車が登場、ストリーム(ホンダ)だ。
ミニバンブームが熟成した証と言えるモデルで、その後、同じコンセプトのウィッシュや背が低いBピラーレスのアイシスなど、このカテゴリーでの広がりもあったが、近年、スバルエクシーガをラストに姿を消している。
そしてもうひとつこの年代からブームが始まったのが、軽スーパーハイトワゴンだ。ブームの立役者となったのが「親子にピッタント」のキャッチフレーズで登場したダイハツタント。
2世代目には、Bピラーをドアに内蔵したピラーレススライドドアに進化するなど、新発想がギュッと詰まっていた。
●初代86/BRZの功績!
2010年以降では、久しぶりに復活したFRスポーツカー、トヨタ86/スバルBRZ。国産メーカー2社協業ながら、単なるバッジ違いではなく乗り味まで違い、しかもそれをスポーツカーでやり遂げたというところが素晴らしい。
単なる道具ではない、趣味嗜好を盛り込んだクルマをもう一度復権させたいという意気込みが感じられ、胸躍ったクルマ好きも多かったハズだ。
その一方、これからの時代を見据えたモデル、燃料電池車のトヨタMIRAIの登場も新たな動きを示した。水素で発電するEVという考え方で、今後どのように進化や変化を遂げていくのか、クルマの未来を占ううえで目が離せない。
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……さて、次の時代はどんなゲームチェンジが起きるのか!? 楽しみは続く。
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