なぜ受けなかった!? 革新的&個性的だったはずが…大失速したクルマたち

貿易摩擦緩和にひと役買えず「トヨタ キャバリエ」

なぜ受けなかった!? 革新的&個性的だったはずが…大失速したクルマたち
シボレーが製造し、トヨタが輸入して自社のバッジを冠したキャバリエ。この写真ではノーズのエンブレムがトヨタになっているが、ナンバーは海外仕様のまま

 1980年に顕在化した日米自動車貿易摩擦は、90年代に入っても解消の兆しは見えず、自国のモデルが日本で売れないアメリカから日本には、さまざまなかたちでプレッシャーがかけられていた。

 そうした自動車貿易摩擦を緩和する施策のひとつとして、アメリカ製のクルマに日本メーカーのバッジを与え、国内での販売力を利用して売り上げ向上を狙うというものがあった。

 このような経緯で誕生したのが、トヨタが販売するアメリカ・シボレー社のキャバリエだ。

 1982年にアメリカで販売が開始されたキャバリエは、FFコンパクトカーという、それまで大排気量モデルを得意にしていたシボレーにとって新たな挑戦となるカテゴリーだった。そんなキャバリエの3代目モデル(1995年)が、トヨタのバッジを付けて日本で販売されることになった。

 1996年、トヨタはキャバリエの販売をスタート。販売目標は年間2万台で、そのために2.4リッターエンジン搭載のFFセダン&クーペとしては思い切った低価格に設定。アメリカ車を日本に定着させるために最大限の努力を行った。

 しかし、キャバリエのライバルとなる国産車は多く、加えて同クラスの国産モデルに比べて高いとは言えないキャバリエのクオリティも足かせになった。この結果、トヨタ版キャバリエの販売台数は目標に遠く及ばなかった。

 販売目標を達成できなかったトヨタは、当初の予定を前倒ししてキャバリエの販売をストップするという決断を下した。トヨタでは国内向けにいくつかの変更をキャバリエに施していたが、その期待もすぐに失速してしまった。

懐かしの名称復活も期待外れに「ホンダ クロスロード」

なぜ受けなかった!? 革新的&個性的だったはずが…大失速したクルマたち
2代目ホンダ クロスロード。ミニバンの2代目ホンダ ストリームのプラットフォームを利用して作られたクロスオーバーSUVで、7人乗りシートが装備された

 現在はSUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)という名称が一般的となっているが、かつてこのジャンルのクルマはRV(レジャー・ビークル)と呼ばれていて、1990年代前半の日本はちょっとしたRVブームになっていた。

 このRVブームのなか、自社製RVを持っていなかったのがホンダだ。そこでホンダがとった作戦が、当時提携関係にあったイギリス・ランドローバー社製初代ディスカバリーをOEM(他社製造)モデルで販売すること。

 ホンダはディスカバリーにクロスロードの名称を掲げ、1993年から販売を開始した。初代クロスロードは、ホンダ自社開発のCR-Vが登場するとその役目を終え、1996年に販売終了となった。

 そんなクロスロードの名称が2007年に突如として復活した。これはCR-Vがワンランク上のクラスへと昇格したためで、それまでCR-Vに乗っていたユーザーの受け皿的存在での復活だった。

 新生クロスロードは名称こそ初代と同じものの、まったく異なるモデルであり、ガチのRV(SUV)だった初代に比べると、より乗用車に近い低床のSUVモデルで登場。構成やデザインも上々で、発売前からメーカーの期待も高かった。

 だが、2代目クロスロードの販売は伸びず、ホンダはわずか3年半でこのモデルの生産を打ち切ってしまった。価格や使い勝手など、販売不振の原因には諸説あるが、そのどれもが決定的とは言えず、ただ「売れなかった」という事実のみが残った。

 販売当初は注目されるものの、予想外に早く“失速”してしまうモデルは意外に多い。それだけユーザーの嗜好や動向を読むのは難しいことなのだろう。

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