クラウン、カローラなど、トヨタの代名詞と言われるクルマはいくつかある。「21世紀に間に合いました」と登場した「プリウス」も、トヨタを強く連想させるクルマであろう。
今や身近にある「ハイブリッドカー」だが、プリウスが生まれるまでは、こんなクルマが量産車として生まれるなど、想像もしていなかったはずだ。トヨタ販売店でも、プリウスのようなクルマを、数多く販売することになるとは、思ってもいなかったと思う。
プリウスはユーザーのみならず、売り手であるトヨタ販売店にも大きな影響を与えた。これまで登場した4世代のプリウスが、どのような販売メリットをもたらしたのか、その功績を振り返っていきたい。
文/佐々木 亘、写真/TOYOTA
■衝撃の登場! インパクト絶大だった初代
令和の今でこそ、クルマは電気や水素でも走るモノとイメージができるが、プリウスが登場した1997年当時、ガソリン以外でクルマが不自由なく動くということを想像した人は少なかっただろう。
クルマはガソリンで動くものであり、小さく軽くすれば燃費は良くなるが、それにも限界があると考えられていた時代。ブレイクスルー的に登場したのが初代プリウスである。
「大切な地球のために今できることをかたちにしました。」こう謳われたプリウスは、驚くべき性能を見せつけた。
さらに驚いたのはその価格だ、今も使われるハイブリッド専用の様々な新機構を導入したクルマを、わずか215万円(税抜き)で販売している。
現代における純EVや水素自動車は、政府からの補助金が無ければ、高価格過ぎて手が出ない。1997年当時では、量産ハイブリッドカーの登場は、今のEVや水素自動車の登場に近い衝撃だったと思う。
初代プリウス発表当時を知る、トヨタ店営業マンは次のように語る。
「見た目は普通のクルマだが、キュルキュルもブォーンとも言わずに動き出すものを、初めのうちは、どのように扱えばいいかわからなかった。
それまでは性能が違うクルマを売ればよかったため、ユーザーには提案をすればよかったのだが、プリウスではそれが通用しない。提案よりも(環境問題を)提起する方が、ユーザーが興味を持ち、購入に動いてくれたのを覚えている。
ユーザーとともに(地球環境を)考え、ともに行動する、こうした感覚を自動車販売に落とし込んでくれたクルマが、プリウスだったと思う。」
あまりの衝撃から、「売るほど赤字」、「すぐに壊れる」といった後ろ向きの意見も多くあった。それでもプリウスの登場が、水素自動車MIRAIを平然と販売できるような、強い販売土壌を作り上げたのだ。
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