■担当バイクとの付き合いは1台1年半前後 昭和〜平成の白バイを担ったバイクたち
ちなみに、自分が乗るバイクとの付き合いは、そんなに長くはない。新車で担当したとしても大体1年半前後だ。その他の場合は半年から1年くらいしかない。
期間の長短は各所属でそれぞれ異なるが、私の場合、大所帯だった頃の旧三交機時代に最短で約2カ月ということがあった。
さて、私が白バイデビューした新隊員当時(1985年〜)、担当分隊長はスズキGS750P、筆頭班長がスズキGSX750EPに乗っていた。
どちらも白バイとしては新しい車両だったが、当時の市販車と比べたら古いバイクであった。
特にGS750Pはキャストホイール、コムスターホイールが多い大型バイク界にあって、未だにスポークホイールだった。
ちなみに同時期の最新白バイは、スズキGSX750PのE4というハーフカウルモデル(ネイキッドモデルもあり)だった。
この頃、警視庁交機のナナハン白バイは、スズキの天下だった。後の大ベストセラー白バイ、ホンダ VFR750Pが登場する前の時代である。
白バイの形状も時代の流れと共にいろいろと様変わりし、整備性も変わっていった。
大きな変化と言えば、ネイキッドタイプからカウル付き(風防装着タイプ)の白バイが主流になっていったことだ。
私自身、ビキニカウル、ハーフカウル、フルカウルといろいろなタイプの白バイ乗務を経験させてもらったが、整備の時に昔の白バイより手の届く範囲が狭まったという印象があった。
これはこれで白バイの清掃が楽になってよい面もあるのだけど、視界に入っているけど手が届かない部分の汚れがそのまま何人もの隊員に引き継がれていくという残念な面も見受けられることとなった。
ところで、カウルといえば、せっかく担当した車両がビキニカウル付きの新車白バイ(ヤマハFZ750P)だったにもかかわらず、そのカウルを自分で取っ払ってしまった隊員もいた。
昔からのネイキッドタイプの白バイにどっぷり慣れ親しんだせいだろう、自分なりにカスタムしてしまったのだ。
このように新しい時代の流れを受け入れようとしない白バイ乗りが時々いて、今では当たり前の装備となっている通称リアパト(白バイ後部の赤色回転灯)が初めて標準装備された時も、自分の新車白バイ(ホンダVFR750P後期タイプ)からリアパトを取っ払ってしまった者もいた。
ビキニカウル取っ払い、リアパト取っ払い、両者2名とも、同じ小隊だった古くからの白バイ仲間だった。
また、カウル以外では、ヘッドライトが市販車両と同じく常時点灯になった新車の白バイ(ホンダVFR750P後期タイプ)に、早々にヘッドライトON・OFFの切り替えスイッチを自作して取り付けていた白バイ乗務員もいた。
これはヘッドライト常時点灯の趣旨をまったく考えていない……というか、取り締まり時に少しでも一般車両に気付かれないようにという、せこい思惑から取り付けられたものだったが……。
まさに白バイの整備・メンテは人それぞれ……という具合であった。
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●洋吾(ようご):元警視庁の警察官。交通機動隊や警察署の白バイ隊員を長く務める。運転技術はいまいち、ドジでオッチョコチョイだが、3年連続で取り締まり件数トップの実績もあり。ブログ「脱公務員の部屋・元白バイ乗り親父の話」を公開中。2022年10月『白バイ隊員 交通取り締まり とほほ日記』を上梓。同書のイラストは同ブログのマスコットキャラクター「ニャンコ白バイ隊」。
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コメント
コメントの使い方今んとこ運転してて白バイに捕まったことはないな
パトカーさんには何度もお世話になったけど(道交法違反じゃないやつで)